「西の谷緑地公園」を美しく!

「公園都市水戸」の街造りを考える人達と協働したいと思っています。

武田神社@甲府市古府中町2611

2016年08月18日 15時34分39秒 | 
武田神社@甲府市古府中町2611



8月7日18:00キックオフの水戸ホーリーホック対松本山雅FC戦を観戦し、翌日に松本観光する予定であったが、昼から夕方までの間に予定したと所は一応訪ねることが出来た。
8日は月曜日で一部の美術館や博物館は休館日なので急遽、甲府に向かうことに。

松本~甲府は約2時間。

甲府駅に着いて観光案内所で貸自転車を訊くと「レンタサイクル甲府」と言うシステムが有り、甲府ホテル旅館組合が事業者。ホテルなどで1日500円で電動アシスト自転車が借りられる。
北口駅前の「ホテルニューステイション」で借りることが出来た。

ホテルから北上して武田神社を訪ねることに。
甲斐の武田氏はひたちなか市の武田がルーツとの説もあるやに。

ホテルから「武田通り」を真直ぐ行けば突き当りと言う感じだが、これが結構な距離。
アシスト自転車だから何とかなったが、猛暑日の日中で汗だくだった。
駅から約4キロ㍍位だろう。

神社入り口まで登って振り返れば甲府の街が望めるが、かなりの坂道だ。

神社の碑から神橋・参道・本殿を。

「武田神社」は信虎、信玄、勝頼の武田家3代が60余年にわたって居住した躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)の跡地に鎮座し、ご祭神として武田信玄公を祀っている。



壱の鳥居。



弐の鳥居。



「名水・姫の井戸」
拝殿左脇の「姫の井戸」は武田信玄の娘が誕生した際に、産湯として使用したとされる古井戸で、御神水が絶えず流れている。



「甲陽武能殿」

能舞台であろうが、新たに建設されたように見える。



可なりの汗をかいたが、シャツを取り換え、名水を飲み、木立の中で休めば生気を取り戻した。

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松本と引き分け@アルウィン

2016年08月18日 12時35分36秒 | 水戸ホーリーホック
松本と引き分け@アルウィン







松本には昼前に着いたがホテルの貸自転車を利用したので、松本城・旧開智学校・中町通り・松本市美術館・まつもと市民芸術館・旧制松本高等学校校舎・旧制高等学校記念館などを巡ることが出来た。
何処へ行っても観光客をもてなす心が感じられた。
舗道や案内も完備してお居り、自転車も走りやすい。
ホテル等に宿泊者用に無料の貸自転車が用意されているのも有難い。

猛暑日であったが、市内各所の湧水飲み場、何処も冷たく美味しい。
アルプスの雪解け水が地下を通って湧き出すのだろう。
これも嬉しい事だった。



市役所前の湧水飲み場。



駅前のバスターミナル。

アルウィン(松本平広域公園総合球技場)までは駅前のターミナルを始め、3箇所位から 無料のシャトルバスが運行されている。
球団の財政規模なのだろうが、水戸でも無料のシャトルバスが運行できるようになりたい。

アルウィンは収容人数2万人の球技専用スタジアム。
客席が間近で、臨場感のある観戦が楽しめる。



水戸のサポーターも300人位はいただろう。
7月3日松本から水戸に来た数よりは少ないのは残念だ。

この日の観客数は13379人。
水戸の倍以上だ、J1でも恥かしくない人数だ。
松本山雅FCの熱き想いが伝わってくる。

その松本に対し、一進一退の攻防が続くがゴールが生まれないまま迎えた後半37分には、松本に移籍した三島が投入された。
両チームのサポーターから大歓声を浴びるが、決定的な仕事はできずに0-0でタイムアップ、2位の松本に対し大健闘だった。

無料のシャトルバスに乗って駅前に戻る。
駅前の何本かの路地に沢山の飲食店が在る。





何処にしようと迷うが、スポーツパブに入ってギネスを。
勝ちゲームなら意気上がるが、1人飲みで引き分けとあっておとなしく飲んだ。

それにしても、駅前にこれほどの飲食街が在るのは羨ましい限り。
無い物ねだりかもしれないが、全ての面で水戸より優れていると感じた。
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バンカラ目線で松本歩き@旧制高等学校記念館

2016年08月18日 02時53分35秒 | 
バンカラ目線で松本歩き@旧制高等学校記念館







旧制松本高等学校本館、入り口。




旧制松本高等学校は日本で9番目の官立旧制高等学校として1919年(大正8年)に開校し、1949年5月に信州大学発足にともない包括され、1950年3月に廃止された。跡地は「あがたの森公園」として、自然豊かな森の中に「われらの青春ここにありき」の石碑や旧制高校記念館がある。

水戸にも全国13番目の官立高等学校として1920年(大正9年)に設立された
旧制水戸高等学校、略称は「水高」(すいこう)があり、1949年、茨城大学発足に伴い1950年3月に廃止されたのは松本と同じ。






「あがたの森」の一角に旧制高等学校記念館が在るとのことで訪ねたら「バンカラ目線で松本歩き」と言う企画展が開かれていた。

旧制高等学校の数は少なかったから、全国各地から高校入学のために集まった。
旧制松本高校生の第22回(昭和17年)理科乙類クラスの卒業アルバムに収められていた「松本市御案内」図を中心に、彼らがどのような場所で青春を過ごしたのかを辿る企画だ。

当時の高校生は10代後半ながら、大人として扱われていたから、花柳界などにも出入りしたのだろう。



中央に破帽を被りマントを翻し高下駄を履いた「バンカラ」と呼ばれた典型的な旧制高校生の像。
水戸も正しく同様で、同じような銅像が偕楽園に建っているが、端のほうで見ることは少ない。
駅前か大工町辺りに移転したらどうだろう。

大工町は旧制水高生のホームグランドだったらしい。
水高の廃止の頃、僕は小学生だったが、近所に居た水高生にあこがれ、高校時代は高下駄など履いて通学した同級生は多い。

時代は変わって「バンカラ」は死語となり、「イケメン」と呼ばれる美しい男たちがもてはやされる様になったが、反時代的な生き方も必要だ。

後期高齢者の吾々も、物分かりのいい爺さんバカりでなく、偏屈で頑固親父も必要だ。
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