山の記憶 (百名山・二百名山・三百名山)

山スキー、その他の山行もあります。

山とお寺 四国八十八ヶ所札所めぐり(その6)

2021年01月17日 | ぶらり

今日は元日。令和も早3くも年目を迎えます。(令和は、良くないことが続くきますが、今年こそは良い年になるように)

 最初に訪れる寺は51番石手寺。88寺の中でもちょっとユニークな感じがする。元日ということもあるのだが朝から人出が多い。寺院とその周辺に多くの露店が開かれている。人出が多いから露店があるのか、露店があるので人出が多いのか?これによく似たお寺は徳島県にある23番薬王寺だ。本尊は、ともに薬師如来だ。薬師さんはなぜか人気がある。

           真言は   オンコロコロ センダリ マトウギ ソワカ

 愛媛県は伊予の国。温暖な気候。石手寺は道後温泉にも近いから人出も多いのだろうか?

 49番浄土寺には、空也上人像が納められているが、開帳はされていないのが残念。浄土宗踊り念仏を通し「南無阿弥陀仏」を広く世に広めた僧として有名だが、この人はあくまでも浄土宗であり、真言宗ではない。88ヶ寺巡りで気づいたことだが、これらのお寺は、はじめからすべてが真言宗とは限らないようです。寺それぞれに複雑な歴史的な事情があるようだ。ただ共通点は、弘法大師空海が錫をとめたということで、どの寺にも必ず大師を祀る太師堂がある。

               太師堂の中 大師さんがおられます

            

 大師堂の前で「南無大師遍照金剛」ととなえるのですが、最近(?)堂の前に紐がぶら下がっています。この紐は、太師堂のなかにおられる大師とつながり、参拝者が紐を握ることによって大師とつながります。

 そういえば、高野山奥の院におられる大師は、どのようにお過ごしでしょう?没後千数百年が過ぎていますが・・・。

 ちなみに、大師という称号は、没後年ほどしてから100年ほどしてから、当時の天皇から授かったもの。だから、「南無大師遍照金剛」と称えるのは、没後100年の後となります。それまでは、「南無遍照金剛」だったようです。

 現在でも、そうとなえる派があるようです。

 南無とは、あなたに帰命しますの意。遍照金剛とは、大日如来を意味するようですが、これは、空海が中国に渡り、師の恵果から授けられた名前のようです。恵果という人は、インドから中国へ渡って密教を広めた僧。空海は、この恵果から密教のすべての教えを授かることにより、密教の正伝は日本へ渡ることになります。

この日は、51番石手寺 50番繁多寺 49番浄土寺 48番西林寺 47番八坂寺 46番浄瑠璃寺 45番岩屋寺

     44番大宝寺 43番明石寺 42番仏木寺 41番龍光寺 40番観自在寺まで。 

                    境内に立つ11面観世音菩薩

                 

 これで、愛媛県を無事終了して高知県に入るのだが、徳島県阿南市在住の溝田さんから携帯に新年のあいさつが来た。

 徳島県に入るには、後2~3日はかかりそうなので、そのときお会いすることにした。溝田さんとは、山旅の折2度ほどお会いした。当時はまだ100名山に関しては溝田さんの方がたくさん登っておられた。はじめにお会いしたのはどこの山だったか山名は忘れたが部分的なことは覚えているので一度調べておきたい。

                                                続く

 

 

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