無知の知

ほたるぶくろの日記

日本酒3

2016-06-18 21:27:14 | 生命科学

前回までに書きました「酒母」。本格的なアルコール発酵のための「酵母」の集団を大量に増やす過程が「酒母」の製造過程です。これは麹菌と硝酸還元菌と乳酸菌のコラボレーションの末、後から加えられる酵母が何故か最終的には大量に増え、最後は選び抜かれた酵母だけになる、不思議な過程です。

しかし、今回私が取り上げているのは「生もと」作り系と言われる江戸時代から戦前までに使われていた製造方法です。もちろん、今でも「山廃」(「山卸し」をしない)の「生もと」作りで製造している醸造所もありますが、様々な事情から今のほとんどの日本酒は「速醸もと」と言われる「酒母」となっています。

「生もと」作りでは、蒸米、米麹、水を加えて良く混ぜて行く過程で、まずは自然界に存在する硝酸還元菌と乳酸菌が空気中から混入し、増殖します。ある時点で酵母を加え、さらにかき混ぜていきますと、硝酸還元菌と乳酸菌は亜硝酸と乳酸を大量につくり出し、余計な微生物は増えず、乳酸に強い酵母のみが増えていき、さらに硝酸還元菌と乳酸菌は自らつくり出した乳酸によって死滅します。そして酵母だけの純粋な培養になっていきます。

この過程、本当に感動的です。

さて、この過程はどのような微生物が空気中から混入するのかで全てが決まります。変な微生物が入り込めば一貫の終わり。それで真冬の極寒にこの作業が行われるのでしょう。しかし、それでは現代の大量生産はできません。製造過程をどうコントロールするか、を考えると「空気中の微生物」を待っているわけにはいかないのです。そこで、現在行われている「速醸もと」つくりでは、手っ取り早く最初から乳酸を加えて酵母の培養を行います。蒸米、米麹、水そして乳酸を混ぜ、米が十分に糖化したところで酵母を入れ、一気に酵母を大量培養します。これが現代の一般的な「酒母」の製造方法です。それでも選び抜いた米と麹と酵母を使い、各酒造メーカーはいい日本酒を生産されています。

ただ、それで本当に「生もと」作りの「酒母」から造られた日本酒と同じなのか?とは素朴な疑問です。そこで調べていくと菊正宗のHPにおもしろい論文が掲載されていました。

そこの説明を見ますと

「生もと系酒母では、まず乳酸菌が生育した後に酵母が生育することにより、酵母の細胞膜がアルコールに強くなります。」

とありました。そしてさらに

「生もとにより育まれたアルコールに強い優良な酵母は、もろみ末期の20%近い高濃度のアルコール中でも酒の品質を落とす成分を漏出せず、雑味のないきれいな酒質となります。」

なるほど。

そして、論文の内容を詳しく解説したページを見ていきますと、なるほど、「酒母」内の脂肪酸組成が「生もと」と「速醸もと」では大分異なっていることがわかりました。これがアルコール発酵する酵母の細胞膜に大きく影響し、「生もと」で生育した酵母は高濃度のアルコールに強い酵母となっていることが分かったようです。

と、いうことは、やはり乳酸菌の代謝によって、その他の成分にも大分相違が出ているということです。脂肪酸は味や香りに大きく影響します。やはり乳酸菌は乳酸の酸性だけではなく、他にもいい仕事をしていたわけですね。

しつこいようですが、こうした多種類の微生物の力を融合したお酒作りは日本酒だけです。ワインやウイスキー、ビールも酵母によるアルコール発酵によって精製されます。これらのお酒も素晴らしいものですが、日本酒の醸造とはかくも複雑な神業なのです。お米の文化である日本ならではの醸造です。 

「酒母」を作る過程がこんなにも神業であることをもったいないことに、今まで良く知りませんでした。巷の日本酒専門店では「山廃づくり」とか「生もと」系とかのラベルが沢山ありますが、何が何やら良く分からないまま、おいしく頂いておりました。これからは心して味わいたいと思います。