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無知の知

ほたるぶくろの日記

フェバンテルまたはフェンベンダゾール

2019-05-11 19:12:36 | 生命科学

連休中に出た週刊現代の記事、元ネタは英大衆紙『サン』誌の4月27日の記事

CANCER MIRACLE  Granddad claims DOG medicine got rid of his ‘head-to-toe’ cancer after docs gave him three months to live

(がんの奇跡  おじいちゃんは犬用の薬で身体中にあったがんを取り除いた。3ヶ月前、彼は3ヶ月の命と告げられたのに。)

しかし、もう少し調べてみますと実はかなり前からフェンベンダゾールにはがん治療に使える可能性があると分かっていたようです。


この記事は2009年の慶応義塾大学の記事です。
「虫下し薬が「がん」に効く? メタボローム解析でがんが回虫と同じ代謝を使うことを示唆 」
フェンベンダゾールは、動物の消化管などに寄生する回虫などの寄生虫に対する治療薬です。どうやって寄生虫を退治するのでしょうか?

普通のほ乳類動物はクエン酸回路という代謝経路を使って酸素を用いてATP(細胞が細胞内の遺伝子複製や物質合成、タンパク質合成などに使うエネルギーの元)を作り出しています。

面白いのはあらゆる生物が細胞内でのエネルギーの元としてATPを使っていること。小型の電池のようなものです。


寄生虫も小さいながら多細胞生物で、それらの細胞内でも遺伝子複製やらタンパク質合成、物質合成をしています。そして、使えるエネルギーの元はやはりATP。しかし、それを造り出す代謝経路はほ乳類細胞と異なっています。寄生虫には特徴的なATP産生経路があって、酸素を用いない酵素反応経路を用います。

この酵素反応を選択的に阻害するのがフェンベンダゾールです。それゆえ動物に害のない、駆虫薬として用いられているのです。

ところで、がん細胞は特殊な代謝をしています。このがん細胞の特殊な代謝経路については、すでに1955年オットー・ワールブルグ(ドイツ人生化学者、1931年黄色酵素に関する業績でノーベル生理学・医学賞受賞)が指摘していました。
好気的条件下でも腫瘍細胞は解糖系に偏った代謝を行っていることを明らかにし、『ワールブルグ効果』と呼ばれています。この原理は現在ポジトロン断層法(PET)に応用され、身体の深部にあるがん細胞を外から非侵襲的に調べる機械に応用されています。

そして、フェンベンダゾールはこのATP産生代謝経路を阻害します。大変に歴史的な、よく知られた腫瘍細胞の特徴なので、フェンベンダゾールが効果したとしても全く驚くにはあたりません。上で挙げた記事によれば2004年にはがん細胞に対する効果は確認していたとのこと。

ここで世論が盛り上がれば、ヒト腫瘍への適応について治験を行うことになるかも、しれません。現状では動物に対する治療薬であって、ヒトへの治験が行われていないので、表立って病院では処方できないと思います。患者さんが自分の判断で、服用するしかありません。

(しばしビビッドな野バラをお楽しみください。)


ところで、hiさんのご質問についてですが、
「話題の駆虫剤は 腸からは ほとんど吸収されないとのこと。」
フェンベンダゾールのWikipediaにはそう記述がありますが、プロベンズイミダゾール(体内でベンズイミダゾールに変換)である、フェバンテルですとこちらに記載があるように、経口でも吸収されるようです。

少し探しましたが、フェンベンダゾールの吸収のデータが見つけられませんでした。フェバンテルのデータを見る限り、経口摂取してもきちんとフェンベンダゾールの血中濃度が上がるようです。

したがって、おそらく最初の記事の方がフェバンテルを服用された場合、血流、およびリンパ液内の薬剤が身体中の腫瘍細胞に届いたのではないか、と思います。

フェンベンダゾールを服用された場合、殆ど吸収されないとしても、胃などの消化管に露出していたがん細胞は死ぬはずです。
そして、少しでも腫瘍細胞が死にますと、その死骸を片付けにマクロファージを始めとする免疫系細胞が集まってきます。それにより、腫瘍細胞に関する免疫学的なマーカー(標識)を大量に受け取り、細胞傷害性のNK細胞が活性化される可能性があります。免疫学的にも腫瘍を攻撃する態勢になり、一気に腫瘍が退治されてしまったのかもしれません。

そのためには、身体が元気であることが大前提。上記の「おじいさん」はまだ抗がん剤治療も行っていない「元気な」末期がん患者様だったため、より全てが効果的に働いたのではないか、と考えられます。
これからのがん(特に固形がん)の標準治療が駆虫剤になるときが来るかもしれませんね。

臨床の先生方には頑張って頂きたいと思います。