藤本ひとみ/新潮社
去年の今頃、塩野七生さんの、以下の小説を読んだ。
▼【読書録】小説イタリア・ルネサンス 2.フィレンツェ
https://blog.goo.ne.jp/y-saburin99/e/4c7ba6e6d3e5de12496df6034e412587
で、同じテーマを藤本ひとみさんならどう書くだろうかと思い、「暗殺者ロレンザッチョ」を読んでみた。
話はフランソワ1世の宮廷の話から始まる。すでにロレンザッチョことロレンツィーノはアレッサンドロ暗殺を果たしていて、各地を逃げ回り、たまたまフランソワ1世の宮廷に身を寄せているのであった。だが、そこに神聖ローマ皇帝であるカール5世が立ち寄るという話になり、カール5世の娘婿を殺したロレンツィーノはどう出るか・・。宮廷内で駆け引きや小競り合いを演じるカトリーヌ・ド・メディシス、ディアーヌ・ド・ポワティエ、エタンプ公爵夫人を天秤にかけながら、いい思いをしつつ立ちまわるロレンツィーノ・・む、この話読んだことがあるぞ・・・そうだ20年前くらいに一度読んだのだった。
ああ、ついにボケてきたか・・暗殺者ロレンザッチョという題名を見て、なんとなく親しみを感じたのは、一度読んだからだったのか・・しかし藤本ひとみさんの作品「逆光のメディチ」「ノストラダムスと王妃」「ハプスブルグの宝剣」「ウイーンの密使」などは比較的どういう話だったか、よく覚えているのに、この作品の印象が薄いのはなぜか・・。
読み始めて理由がわかった。当時の私はカトリーヌとディアーヌの確執は知っていてもフランソワ1世とカール5世、クレメンス7世の関係、アレッサンドロとロレンツィーノやコジモの関係を全く理解していなかったのだ。だから本作品に出てくるロレンツィーノの長ったらしい語りをあまり理解できなかったものと見える。
また本作は暗殺者ロレンザッチョが暗殺されるところまでいかず、予言されるにとどまることから、最後に劇的な展開がなかった・・ということも理由に挙げられるだろう。
本作を読んで、これは新たな視点だと思ったのは、塩野作品に全く出てこなかったカトリーヌ・ド・メディシスが、実はクレメンス7世を通じて、アレッサンドロとまるで兄弟のような繋がりがあり、ロレンツィーノも一応メディチ家なので血縁になるということだ。フランソワ1世の宮廷でロレンツィーノとカトリーヌが実際に接触したのかどうかについては私にはよくわからないが、ヴェネツィアで殺される前に、フランスにいたことは事実のようであるから、藤本さんはそこを膨らましてみたのではないだろうか。
アレッサンドロ殺害のシーンについては、あまり塩野さんと変わらないのは、ロレンツィーノ自身が自己正当化のための著作を書き残しているからだろう。だが殺す動機については、塩野さんがアレッサンドロがロレンツィーノの妹に手を出そうとしたから・・としたのに対し、藤本さんは、そもそもロレンツィーノはアレッサンドロに殺意(カエサルを暗殺したブルータスの後継者を自認)を抱いており、妹をエサにアレッサンドロを誘き出したことになっている。
もしかしたら藤本さんの書かれている方が、ロレンツィーノ本人の主張に近いのかもしれないが、殺意の動機についてはなんとなく塩野作品の方が共感性があるなぁ・・と思った。
しかしまぁ、ここらへんのヨーロッパ史というのは血縁関係が複雑で、敵対したり関係修復したりとコロコロ変わる。昨年塩野さんの作品やトルコのドラマを見たことで、以前本作を読んだ時よりは遥かに背景知識が豊富になった私は、おそらく以前よりは楽しく本作を読み終えることができた。