トシの旅

小さな旅で学んだことや感じたことを、
まとめるつもりで綴っています。

所有車両は2両だけ、阿佐海岸鉄道に乗る

2015年10月12日 | 日記
和歌山県を走る紀州鉄道と並んで保有車両が2両という鉄道会社が、JR牟岐線の先にあります。徳島県、高知県と沿線の徳島県海陽町、高知県東洋町が出資する第三セクターの阿佐海岸鉄道阿佐東線(以下「阿佐東線」と書きます)です。JR牟岐線の終点、徳島県海陽町の海部(かいふ)駅と高知県安芸郡東洋町にある甲浦(かんのうら)駅間を結んでいます。

阿佐海岸鉄道が保有している2両のディーゼルカー(DC)のうちの1両、ASA101号車、”しおかぜ”です。この鉄道は、阿佐東線という線名からもわかるように、甲浦駅からさらに室戸市を経て、安芸市を結ぶ鉄道をめざしていました。しかし、1980年の国鉄の経営再建を促進する法律の施行により、建設工事が中断されました。しかし、すでにほぼ完成していた甲浦駅までを運営するためにつくられたのが阿佐海岸鉄道でした。

ASA101号車の甲浦駅側のヘッドマークです。「てっちゃん」と書かれています。阿佐東線は、平成4(1992)年に開業しました。海部駅・宍喰(ししくい)駅・甲浦駅間8.5kmの鉄道(ちなみに、紀州鉄道は全長2.7km)です。開業したときは、同じ仕様のASA201号車(愛称”あさしお”)がもう一両ありましたが、平成20(2008)年、回送中に宍喰(ししくい)駅の壁面に衝突し脱線、廃車になってしまいました。その後継のためにやってきたのが、ASA301号車(愛称”たかちほ”)。愛称からもわかるように、宮崎県の高千穂鉄道から無償譲渡されて、平成21(2009)年にやってきました。平成22(2010)年からは、徳島名産のキャラクター”すだちくん”と高知県東洋町のキャラクター”ぽんかんくん”をあしらったラッピング車両になっています。

これは、反対の後ろ側のヘッドマークです。「あさちゃん」と書かれています。この日は、阿佐東線に乗ってみようと、JR海部駅をめざしました。以前、JR牟岐線にある秘境駅、辺川(へがわ)駅を訪ねたとき(2015年9月21日の日記)とは異なり、JR牟岐駅までは特急”むろと1号”でやってきました。牟岐駅でJR海部行きの列車に乗り継ぎます。

列車の一番後ろから撮りました。「えっ、これは何だ!」と驚いた、海部駅の直前にあったトンネルです。山の中につくられていたトンネルが開発で削り取られて、構造体だけが残っているという感じです。トンネルがないと列車の運行に差し障りがあるというわけではなさそうです。上に木が生えているのが、ご愛嬌です。抜けると目の前にJR海部駅がありました。高架上の駅でした。

ホームから見えた海部駅付近の集落です。残念ながら、海は見えませんでした。また、駅員さんの姿も見えませんでした。

11時19分、海部駅に着きました。ホームにあったJRの駅標です。隣駅のところに書かれている「ししくい」は、阿佐東線の駅です。「どうして、JRが阿佐東線の駅名を書くの?」と思いましたが・・。時刻表でを見ると、6時15分と7時03分に、JR牟岐駅を南に向かって出発する2本の列車は、甲浦駅まで乗り入れています。阿佐東線との相互乗り入れで、そのうちの1本はJRの車両を使っているのではないでしょうか?

急いで階段を下ります。「阿佐海岸鉄道開通記念之碑」の写真を撮りたかったからです。高架下の観光案内所はシャッターが閉まっていました。駅前にも人はどなたもおられませんでした。

阿佐東線の宍喰駅方面です。高架の先はトンネルのようでした。見えにくいのですが、道路の上の高架の壁に「海部駅」と書かれていました。

今度は、急いで階段を上ります。高架の上にある踏切から見た海部駅です。左側が乗車してきたJRのキハ1250号車。この後、牟岐駅に向かって折り返します。右側が阿佐東線のASAー101号車(しおかぜ)とホームです。単行のワンマン列車でした。

阿佐東線の待合室です。前方にはトンネルの入口が見えます。待合室にあった時刻表では、甲浦駅行きは14本ありました。確認できなかったのですが、乗車券の販売はどうしているのでしょうか?下車するときに見ていると、私を含めて現金で支払う人が多かったようでした。

阿佐東線の駅標です。ポップ体の踊るような字体が楽しいです。阿佐東線の駅標にも「JR阿波海南駅」の名が書かれていました。

乗車されている人はざっと20人ぐらいおられました。”特急むろと”から乗り継いだ乗客はほぼ全員が阿佐東線に乗っておられました。この写真は、甲浦駅で撮影しましたが、転換式のクロスシートの車内です。

車内では子どもギャラりーが開催されています。子どもたちの絵が展示されていました。11時26分に出発。すぐ、前に見えていた奥浦トンネルに入ります。その後、第1那江トンネルから第10那江トンネルまで、11個のトンネルを抜けました。

その先で見えた緑の光景です。ほっとしました。湾が入り込んでいるような地形のところを走ります。その後、第1久保トンネル、第2久保トンネル、第1宍喰トンネルから第3宍喰トンネルまで5つのトンネルを抜けました。海部駅から次の宍喰駅まで大小16個のトンネルを通過したことになります。次の宍喰駅までは6.1km。そのほとんどはトンネルだったような気がしました。海部駅から7分ぐらいかかりました。

そして、二つ目の駅、宍喰駅に到着しました。やはり、高架上の駅でした。左側にホームと待合室がありました。「徳島県最南端の駅」とあります。「えっ!まだ、終点の甲浦駅があるのに」と思いましたが・・。甲浦駅は高知県に属する駅でした。確かに、徳島県の最南端ですね。

ホームから見えた高架下の風景です。この日は土曜日でしたが、高架下に見える小学校では広い敷地の中央部を使っての運動会の真っ最中でした。

すぐに、宍喰駅を出発しました。列車の最後部からみていると、留置線だと思った線路はつながっていませんでした。宍喰駅は一面一線の駅でした。

すぐに、進行方向の右側に阿佐海岸鉄道の車庫がみえました。その向こうに、第4宍喰トンネルがありました。

列車の後ろから撮影しました。日本の線路とシャッターの閉まった車庫が見えましたが、仕事をしておられる方の姿は見えませんでした。そして、2両ある車両のもう一両、廃車になったASA201号車の後継車両で高千穂鉄道から来たASA301号車の姿もまったく見えませんでした。車庫内で休んでいるのでしょうか。

長いトンネルを抜けると、終点の甲浦(かんのうら)駅です。宍喰駅から2.4km、4分ぐらいで着きました。駅標には「高知県最東端の駅」と書かれていました。高知県の鉄道は土讃線、予土線ととさでん交通(土佐電鉄と高知県交通の合併後の社名)だけではありません。「ここにも高知県の鉄道あり!」ですね。  ここで下車した乗客は、足早に階段を下りて行かれました。

ホームから見た前方です。線路は砂利に覆われて消えていました。その先がいつでも建設が再開できるように見えます。阿佐東線では行き違いが一度もなく、高架上を甲浦駅まで走ってきました。1両の車両が海部駅と甲浦駅の間を往復しています。現状では、検査の時や故障等の時のために、もう一両、予備の車両が必要という状況のようです。

終点ですが、通過駅と同じ1面1線の駅。駅員の方もホームにはおられません。列車はこのままここで待機し、出発時間が来ると出発していきます。また、最終の列車もここで滞泊せず、宍喰駅に近い車庫に移動してから夜を過ごします。

前方のホームから続く階段を下ります。右下に、駅舎の屋根が見えました。手前には自転車置き場。

高架下から見えたASA101号車です。今日は一日フル稼働のようです。足早に阿佐東線から降りた方々はここでバスを待っておられました。多くが室戸岬に向かう人たちです。

やってきました。安芸に向かう高知東部交通のバスです。お聞きすると、ここから約1時間ぐらいで安芸に着くそうです。

駅舎内です。売店兼観光案内所兼切符売り場です。委託を受けた甲浦婦人会のお二人の方がお世話をされていました。レンタサイクルもありました。せっかくなので、乗車券を購入することにしました。

婦人会の方が日付印を押した後、渡してくださった乗車券です。終点の海部駅まで270円です。

阿佐東線が運行されている駅で、目にした関係者は運転士さんただ一人でした。合理化、省力化は尽くしておられるようです。それでも、開業以来、黒字になったことは一度もない、全国で赤字ナンバーワンの鉄道会社だそうです。やはり、距離が短い路線というのは経営にとって大きなハードルになるのでしょう。

折り返しのASA101号車です。甲浦駅から海部駅に戻る列車は、12時19分発です。車内で待機しておられた運転士さんは、定時に列車をスタートさせました。ここから、11分かけて海部駅まで帰ります。

全長8.5km、阿佐東線の単行気動車は、今日も海部駅と甲浦駅間を走っています。全国でも最小規模の鉄道会社。開業以来、一度も黒字になったことがない厳しい経営環境。廃線にだけにはならないで、なんとか運行し続けてほしいと願わずにはおられませんでした。




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1 コメント

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見ました (山田のクリ)
2015-11-01 08:19:36
またまた、珍しい所に行かれたのですね。楽しい旅ありがとうございます。絶対に行かない所だと思います。おかげで、行った気になれます
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