鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

潮溜りのミンク

2009-08-19 18:17:16 | 自然(全般・鳥、海獣以外)
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All Photos by Chishima,J.
潮溜りにやって来たミンク 2009年8月 北海道根室市)


 夏の太平洋名物の海霧は、十五分前と比べても明らかに濃くなっていた。海岸近くで餌捕りのための潜水を繰り返していたラッコも、打ち寄せる高波に身の危険を感じたか沖側へ泳ぎ出し、乳白色の景色に溶け込んでしまった。飽和した水蒸気が、ツリガネニンジンの淡い青紫の花をじっとりと濡らす。これ以上ここに留まっても収穫は少なそうだ。腰を上げようとしたその時、視界の片隅に褐色の物体が高速で飛び込んで来た。
 すぐさま眼前に達した物体は、細長い動物だった。40cmくらいはあるだろうか。ミンクだ。そのまま疾風のごとく駆け抜けてしまうかと思われたが、少し先の潮溜りに近付いた辺りで速度を緩め、潮だまりの際まで達すると水中を覗き込むような仕草をした。そして水中に入るとゆっくりと進み、その先で磯に上陸すると、また岩の間を駆けていった。もしかしたら潮溜りで、好物の魚を探していたのかもしれない。


磯を駆けるミンク
2009年8月 北海道根室市
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水面を覗くミンク
2009年8月 北海道根室市
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 ミンクは元々北海道にいた哺乳類ではない。原産地の北アメリカから高級な毛皮目当ての養殖用に輸入され、最盛期には約100万頭が飼育されていたという。それらが飼育場から逃げ出したり、養殖産業が下火になるにつれ、1960年代頃から野生化した。現在では道内各地の川をはじめ水辺の周辺で、普通に観察されるようになった。泳ぎが達者で川面を泳いでいる姿を見る機会も多い。魚が主食だが、イタチ科の本種は獰猛なハンターの側面も持っており、鳥類や小型哺乳類も捕食する。帯広郊外の河川で、本種がカモ類(距離があったため種は不明)の成鳥を捕えるのを見たことがある。成鳥を捕えるくらいだから、雛や卵への捕食はもっとあるだろう。残念ながら、ミンクの捕食がカモ類やクイナ類など水辺で繁殖する鳥類に与える影響はわかっていない。


早春の川べりにて(ミンク
2006年3月 北海道十勝郡浦幌町
飼育下では様々な毛色があるが、野生化では黒~黒褐色のものが大部分。
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 イタチ科は養殖や放逐の目的で本来の分布域外にも容易に持ち出され、それが野生化するケースが多い。北海道でもミンク以外に毛皮目的で移入されたキテンと、ノネズミによる山林の被害を減らすため導入されたホンドイタチが野生化している。ホンドイタチは平地で分布を広げ、オコジョを平地から山地に追いやったと言われている。このような在来種との競合は、西日本における在来種ホンドイタチと移入種チョウセンイタチとの間でも生じており、大抵は移入種側が在来種を駆逐している。在来種に対する捕食では、伊豆諸島でネズミ用に放されたホンドイタチがアカコッコやオカダトカゲなど、また奄美大島や沖縄本島でハブ駆除目的で移入されたジャワマングースがヤンバルクイナ、アマミノクロウサギなどの固有種に深刻な影響を与えている。安易な外来生物の移入は、従来からの生物相を簡単に破壊する典型的な例といえる。


チョウセンイタチ
2007年1月 鹿児島県出水市
対馬には自然分布していたが、九州や本州西部では移入種として分布を広げた。
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 ちなみに、本州の西部ではミンクの代わりにずんぐりした茶色い哺乳類が川や沼の水面を泳いでいるのに出会うことがある。これはヌートリアで、やはり毛皮目的に南アメリカから輸入されたのが野生化した種類で、こちらはイタチではなくネズミの仲間である。北海道でも戦後の一時期、石狩川流域で生息していたそうだが、北海道の気候・環境に合わなかったのか、定着はしなかったようである。


ヌートリア
2008年3月 兵庫県豊岡市
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ミンクを観察した磯
2009年8月 北海道根室市
濃霧がすぐそこまで押し寄せる。
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(2009年8月19日   千嶋 淳)


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