鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

帯広近郊カモ三昧(前編)

2010-01-03 20:03:38 | カモ類
Photo
All Photos by Chishima,J.
マガモの番い 2009年11月 以下すべて 北海道帯広市)


(日本野鳥の会十勝支部報「十勝野鳥だより169号」(2009年12月発行)より転載 一部を加筆・修正)


 北海道の冬の鳥見というと、寒風吹き荒ぶ原野や氷雪打ち寄せる岬など大変過酷なイメージを持たれるかもしれない。しかし、葉や草による遮蔽も無く、繁殖期でない鳥たちの警戒心も緩みがちな冬は、場所や手段を選べば格好の鳥見シーズンである。漁港で車内からカモメ類などの海鳥を観察したり、庭に設置した餌台に飛来するカラ類やツグミ、ヒヨドリといった小鳥を暖かい室内から間近に見るのはその典型といえる。今回はそうした冬の、あまり過酷な思いをせずに楽しめる鳥見として、帯広近郊で半日から一日かけてカモの仲間を堪能するコースを紹介する。厳冬期には淡水域の大部分が結氷してしまう北海道では、カモ類もまた海ガモ以外は夏鳥であったり、旅鳥として春秋に通過するものが多い。ところが、帯広周辺のいくつかの河川は冬でも凍らず、場所によってはハクチョウやカモに対する給餌が行われていることもあり、かなりの数が越冬している。秋の渡来当初にはエクリプスや幼鳥と地味な羽衣が多かったカモ類も、冬が進むにつれオスは派手さを増し、観察にも適してくる。
 その中でも種、個体数ともずば抜けて多いのが帯広川下流だ。帯広川は八千代の更に奥の帯広岳に源を発し、帯広・芽室町界付近を北東に流れた後、帯広市内を経て札内川へ注ぐ延長44㎞ほどの川である。以前は十勝川に注いでおり、その名残は相生中島で見ることができる。かつての帯広川下流が幾重にも分かれて流れる様子から、アイヌ語で「オ・ベレベレ・ケプ」(川尻が幾重にも裂けるもの)と呼ばれ、「帯広」の語源となった。
 帯広の中心部から大通りを北上し、国道38号線と出会ったら右折するとじきに帯広川の橋を渡る。この鎮(しずめ)橋を渡って左に入った辺りから、探鳥を始めよう。右岸側の築堤上が舗装道路になっており、交通量も少なくないが、少し下流側に道路が広くなっている部分があり、駐車できる。堤防下の帯広川は幅50mにも満たない小さな川であるが、多くのカモやハクチョウが蠢いているのが目に入ってくるはずだ。数百羽のマガモと100羽前後のカルガモが大部分で、他に10~数十羽程度のオオハクチョウ、数~10羽ほどのヒドリガモ、オナガガモ、カワアイサなども見られる。


ヒトから餌をもらう水鳥(オオハクチョウマガモカルガモオナガガモ
2008年2月
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 種数は少ないが、市街地に近く餌を与える人も多いため、リラックスしたカモを近距離でじっくり観察できるのが魅力だ。カモ類初心者の人はここでまず、マガモのオスとメス、カルガモの違いをゆっくり見極めよう。マガモのメスとカルガモの違いが分かるようになれば、他のカモを見分けるコツも分かって来るだろう。「そんなの朝飯前」という人は、更に踏み込んでみよう。例①。数羽のカワアイサがマガモやカルガモを威嚇、時に追跡までしながら人の撒く餌を奪おうとすることがある。その時に嘴を大きく開くが、嘴の中を注目したい。上下とも細長い嘴内の外縁に、鋸の歯のような突起が多数並んでいるのが見えるはずだ。これは皮膚が変化したもので歯ではないのだが、滑りやすい魚をしっかりと保持する役割を果たしている。例②。採餌が一段落したカモは数回の水浴びを経て、必ず羽ばたきをする。その際に開いた翼で風切や雨覆など各羽の名称を確認し、その後閉じた翼でのそれらの対応関係を学んでおくと、種はもちろん年齢や性別の正確な識別に役立つことは請け合いである(各羽の名称は図鑑の最初の方などに出ている)。


嘴を開いたカワアイサのオス
2007年3月
鋸歯状突起に注目。
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羽ばたくカワアイサのオス
2009年11月
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 ディープな楽しみは形態だけではない。行動観察もまた、冬のカモ・ウオッチングの醍醐味である。特に冬の初め頃には、つがい形成のためのディスプレイがそこかしこで見られる。複数のオスがメスを取り囲んでいたら、注目してみよう。オスが「ヒッ」と鳴きながら水を周囲に跳ねのけて上体を反らし起こす行動や、やはりオスが体の中心部に向かって体をV字に反り上がらせるのが見られるかもしれない。どちらもマガモ属の特徴的なディスプレイで、前者は「水はね鳴き」(水かけ、ブウブウ鳴きなどとも言われる)、後者は「そり縮み」と呼ばれる。季節が進んでカップルの成立が多くなってくる頃には、交尾行動も見られるかもしれない。鳥類の精子がメスの体内で生きているのは平均10日ほどなので、繁殖に直結するとは思えないが、カモ類、特にマガモは冬のうちからよく交尾する。交尾前後の一連の行動も儀式化されており、たとえば交尾後にオスがメスを周回する向きは必ず決まっているが、その答えはここには書かない。是非御自身の目で確かめていただきたい。こうした繁殖に向けた行動の数々を見ていると、まだ寒い冬の最中からカモたちが次の繁殖に向けて活発に活動していることを思い知らされる。


水はね鳴きするマガモのオス
2006年10月
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そり縮みするマガモのオス
2008年11月
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 マガモやカルガモを丹念に観察してゆくと、そのどちらとも言えない、両者の特徴を備えた個体がいるのに気が付くだろう。嘴と体の後半部はカルガモぽいが、顔や胸はマガモ的などその特徴は様々だ。これらは両者の雑種と考えられ、バードウオッチャーからは「マルガモ」と呼ばれている。通常、自然界では各々の種は互いに交配することなく、仮に雑種が生じても稔性が無く後に続かないのであるが、複数の種が同所的に暮らすカモ類ではしばしば雑種が生じるだけでなく、それらが子孫を残すことができる。ちなみに、少し前に東京で問題になったカモへの「エサやり防止キャンペーン」では、「餌付けが原因でカモの雑種が増えた」といったことが喧伝されていたが、カモ類の雑種は昔から知られているし、その組み合わせにはヨシガモ×ヒドリガモ、キンクロハジロ×スズガモ、ホオジロガモ×ミコアイサなど餌付けとは関係ない種も多い。それに「雑種」とされたものの中には、個体変異や換羽中のものも少なくなかった。野生生物への過剰な餌付けを抑制してゆくのは結構なことだが、このような非科学的で馬鹿馬鹿しい論理に役所もマスコミも容易に踊らされうることの恐ろしさを感じた騒動でもあった。


マガモとカルガモの雑種 2点

2007年3月
左はマガモのオス。
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2008年3月
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 川とは反対側にある帯広神社はハルニレなどの大木が多く、シジュウカラ、ハシブトガラ、ゴジュウカラ、アカゲラなどが多い。ハイタカやマヒワ、シメ、それに哺乳類だがシマリスが観察されることもあるから、時間に余裕があれば立ち寄ってみたい。ただし、初詣やどんど焼きといった行事の時には、境内は混雑するので避けた方が良い。


ゴジュウカラ
2006年10月
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(続く)


(2009年12月29日   千嶋 淳)



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