鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

帯広近郊カモ三昧(後編)

2010-01-04 16:06:37 | カモ類
Photo
All Photos by Chishima,J.
クビワキンクロのオス 2008年2月 北海道中川郡幕別町)


(日本野鳥の会十勝支部報「十勝野鳥だより169号」(2009年12月発行)より転載 一部を加筆・修正)


 鎮橋下流での観察が一段落したら、下流を目指そう。途中、帯里橋で左岸側へ移動し、築堤をなおも下る。この辺りにはカモ類は少ない。歩行者専用の銀輪橋を過ぎたくらいから、再びカモ・ハクチョウの姿が多くなってくる。ここから札内川合流点までの1㎞強が、帯広周辺では種、数ともに屈指のカモ・ポイントである。シーズンには常時10種前後のカモ・ハクチョウ類が見られ、その数は多い時で1000羽を超える。優占種はマガモをはじめオオハクチョウ、コガモ、ヒドリガモ、キンクロハジロで、他に少数のヨシガモ、オナガガモ、ホシハジロ、ホオジロガモ、ミコアイサ、カワアイサなどが常連である。ハシビロガモとスズガモは春と秋(特に10~11月)に観察され、厳冬期は稀である。それ以外にトモエガモ、オカヨシガモ、コハクチョウなどが不定期に出現する。
 鎮橋周辺ではマガモと並んで優占種だったカルガモが、ほんの数㎞離れたこの場所では観察されないか、いても1~数羽程度である。人間の目には鎮橋の方がいくらか都市化が進んでいて給餌が多いくらいしか違いが見出せないのだが、カルガモにとってこの2ヵ所は完全に異なる場所のようなのだ。鳥の世界ではこのようなことが時々ある。


ヨシガモ(手前♂;奥♀)
2007年2月 北海道中川郡幕別町
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ホシハジロ(中央)とキンクロハジロ(いずれも♂)
2008年2月 北海道中川郡幕別町
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 ここでは種数が多いので、群れの中から珍しいカモを発見する楽しみがある。その筆頭は、2005年10月に最初に確認されて以降、5シーズン連続で渡来しているクビワキンクロのオスだろうか。本来は北米に分布するこのカモは、1980年代から90年代にかけて東京の不忍池に10年以上渡来していたこともあり、珍鳥感が薄いが、そうした連続記録を除くと国内での記録はかなり少ない。道内ではほかに斜里や女満別、余市などで数例の記録があるだけで、この個体の渡来が途絶えたら、見るのは至難の技になるだろう。キンクロハジロと共に行動していることが多いので、特徴的な頭の形や嘴のパターンを頼りに探してみると良い。最近はギャラリーの数を反映してか警戒心が強くなり、人を避けるように逃げ出すことも多い。そのような時に深追いするのは、かえって逆効果。気配を消してじっと待っていれば、再び近距離に戻って来てくれるだろう。
 アメリカヒドリも名物の一つだ。以前は1、2羽がシーズンを通して観察されたが、近年は個体の入れ替わりが多く、特定の個体が長期滞在しないので、見られないこともある。アメリカヒドリを探していると、頭頂が白っぽく、目の後方は緑色を帯びるが、体色はヒドリガモぽいなど、両者の中間的な特徴を備えた個体によく出会う。これらはアメリカヒドリとヒドリガモの交雑個体と考えられている。アメリカヒドリは北米、ヒドリガモはユーラシア大陸に分布する種だが、ユーラシア大陸東端付近では両種とも繁殖しており、交雑も稀でないという情報もある。1~数羽がほぼ確実に見られる。ライフリスト派からは嫌われがちな雑種だが、これほどの数が定常的に見られる場所も珍しいので、その様々なパターンを観察したい。こうした個体は、種やその分布が固定的でなく日々流動するものであり、「進化」という人間の時間スケールでは図り切れない大きな力が確かに存在することを私たちに教えてくれている気がする。


ヒドリガモとアメリカヒドリの雑種
2008年10月 北海道帯広市
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 珍種が見当たらない時も気落ちすることはない。彼らが見せるいろいろな行動に注目してみよう。たとえば食事。それぞれの種は、どのようにして何を食べているだろうか。オオハクチョウは、足踏みしながら水面の一ヶ所にとどまり、長い首を伸ばして川底の水草を食べているはずだ。マガモやヒドリガモは水面を流れてくる水草の塊に群がっていることだろう。ホシハジロやキンクロハジロ、ホオジロガモ、アイサ類は活発に潜水して食事しているが、前二者が水草など植物質の餌を多く捕えてくるのに対して、後者は魚や水生昆虫など動物質の餌が中心だ。同じ場所で同じように暮らしているように見えても、実は生活する場所や方法を微妙に違える。これが厳しい自然界において多くの種類が共に生きてゆける秘訣なのだ。同様の関係は、海岸や湿地のシギ・チドリ類、森林のカラ類などにも見ることができる。
 食事に休息に勤しんでいたカモ達が一斉に飛び立ち、大混乱を来すことがある。そんな時は上空に目を向けよう。オジロワシやオオタカなど彼らの捕食者となる猛禽類の姿を見付けることができるはずだ。すぐ頭上を飛んでいることもあれば、よく気付くものだと感心するくらい高空の時もある。また、恐慌の仕方が猛禽類の時とは違うなと訝っていたら、ミンクがカモを捕まえていたこともあった。ミンクは元々北海道に生息していた哺乳類ではなく、原産地の北アメリカから毛皮目的の養殖用に輸入・飼育されていたものが1960年頃より野生化、定着したものである。エゾシカやキタキツネのような哺乳類が日常的に見られる「野生の王国」のような北海道でも、このミンクをはじめアライグマやホンドイタチ、キテンなど外来種が蔓延っているのもまた現実である。
 観察は左岸側の堤防上や河口の橋から行うと良い。望遠鏡があると更に細部まで観察でき、重宝する。右岸側から観察する場合は、樹林の中はカモが警戒するので、開けた場所からそっと近付いて、警戒されたらそれ以上距離を縮めないよう心がけたい。カモ科以外ではカイツブリやオオバンといった水鳥、エナガ、ハクセキレイ、カシラダカなどの小鳥も観察できるだろう。また、隣接した十勝川の相生中島地区や札内川下流ではセグロセキレイ、イカルチドリなど河原の鳥も見られる。


オカヨシガモのつがい(左が♂)
2006年4月 北海道中川郡幕別町
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 さて、帯広川でのカモ見を終えてまだ余裕があるなら、十勝川温泉まで足を伸ばしてみたい。札内橋を渡り、車で10分ほどの距離だ。十勝中央大橋を渡り、下流側の通称「白鳥護岸」が観察のポイントとなる。ここには、大規模な給餌が行われていた1990年代から2000年代初頭には800羽を超えるオオハクチョウと数千羽のカモ類が飛来していたが、現在では餌付けの鳥類に及ぼす影響や感染症の危険を考慮してシーズン通しての餌の量や種類が規制されている。それでも多くのカモやオオハクチョウが観察できる。帯広川を経てこの場所に来ると、オナガガモの多さに目を見張る。帯広川では数~10羽程度だったオナガガモが、ここでは群れを成している。オナガガモはハクチョウ類が餌付けされている場所に高密度で集まるので、そのせいだとは思うが、帯広川下流のカルガモ同様、隣接した場所で種構成がまったく異なる現象を目の当たりにするのは興味深いものである。


白鳥護岸
2007年1月 
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 多くの水鳥を間近に見ることができるが、ここでは是非ホオジロガモに注目したい。ホオジロガモは元来潜水して魚や無脊椎動物を捕食するカモだが、ここでは数羽が護岸の近くまでやって来る。それらを観察していると、人がハクチョウやカモに与えたものの、うまく食べられずに沈んだコムギなどを食べているのがわかる。水深が浅いので、その様子を陸上から見ることができる。潜水中のホオジロガモを陸上から見る機会はそうそう無いので、どんな風に潜っているかよく観察してみよう。岸近くまでやって来て、給餌のおこぼれに預かっているホオジロガモは、オスの成鳥が多い。何故なのかは不明だ。


給餌に群がるホオジロガモのオス
2007年1月 北海道中川郡幕別町
「ホオジロガモ餌付く」「ホオジロガモ餌付く(その2)」の記事も参照
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 20~30羽ほどのカルガモは、白鳥護岸と第一ホテル下の小川を行き来している。第一ホテル下の小川は、温泉からの温かい水が流れ込むため冬でも凍らず、餌となる生き物が多いのではないかと考えられる。アメリカザリガニやティラピアなど、本来北海道では生き残れない外来種も多い。
 給餌の御相伴に預かっているスズメたちが、驚いたりした時に逃げ込む、駐車場周辺のマツの垣根も見逃せない。数年に一度、イスカの群れがやって来る。「キョッ」という声や「パチン」というマツの実を割る音が聞こえたら要注意。車をブラインド代わりにして待っていれば、樹高が低いので目の前に出て来てくれる。見事に食い違った嘴(左右どちら側に食い違っているのが多いと思いますか?)や、オスの紅色の体を堪能できたら、忘れがたい冬の思い出になるだろう。河原ではセキレイ類が見られ、十勝中央大橋の主塔にはハヤブサが止まっていることもある。


イスカ(オス)
2007年12月 北海道河東郡音更町
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 時間と気力・体力が許せば、十勝川を渡り直して千代田新水路まで行く手もある。浅い新水路は厳冬期には氷域が増え、カモ類はそれほど多くないが、オオハクチョウ、マガモ、コガモ、ミコアイサなどが見られる。アメリカコガモ、トモエガモ、アメリカコハクチョウなど珍鳥の記録もある。また、12~1月であれば多数のオオワシ、オジロワシがサケの死骸を求めて集まり、河川敷ではベニヒワやカワラヒワの群れが観察されることもある。


オオワシ(成鳥)
2009年12月 北海道中川郡幕別町
十勝川でのワシ観察に当たっては、こちらも参照。
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 上記のコースをさらっと流してそのまま十勝川下流域や海岸へ向かうのも良いし、帯広川に腰を据えて一日じっくりカモと付き合うのも良いだろう。また、アフターバードウオッチングとして十勝川温泉や水光園で湯に浸かるのも楽しいし、帯広市街や札内あたりで飲食して冷えた体を温めるのも悪くない。あまりに身近でつい見過ごしがちな市街地のカモ類だが、その姿や行動を間近に見せてくれる上に、人から餌を貰いながらも夜になれば採餌に飛び立ってゆく姿からは、人と野生動物との関わりに思いを寄せることのできる貴重な存在でもある。


(完)

(2009年12月29日   千嶋 淳)


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