正月の前からパソコン用のメガネが見あたらない。「いったいどこに消えてしまったのだろう?」、さんざん部屋の中を探したが、無い。外で飲み歩くと、マフラーとか手袋とか帽子とか、かならず何かを忘れるのだが、正月前数か月、近所を散歩するだけでまったく街に出てなかった。
じつに不思議だ。「いったい僕のメガネは、どこですか?」
パソコンモニターをみる時と手元の資料をみる時は、遠視の度数が違うので二本のメガネを使って作業をしていた。これがなんとも煩わしい。それで近所の富士メガネで奮発して遠近メガネならぬ遠遠メガネをつくった。レンズの上部が+1、下の部分が+2.5。それに少し乱視の矯正も加えて………これが、なかなか心地いい。快適に使っていた、その大切なメガネが……無い。
大晦日、正月、そしてこの2週間、百円ショップで買った二本のメガネを使って、暗い気分でパソコンに向かっていた。
ところが昨夜のこと。父親に風呂に入ってもらった。(億劫がる父を風呂に入れる、これがまた大変なんだ)。風呂場に行くために立ち上がった父親は、ベッドで寝てるときでさえ片時も顔から放さず24時間かけているメガネをはずし、テーブルに置いた。
「ムムムッ……なにか見覚えのあるメガネじゃないか? もしや………おまえは……」、手にとると、それはまさにわたしの”遠遠メガネ”であった。「君は、どうしてこんな遠いところまで来てしまったのだい?」
父がテーブルに置いたそのメガネは、わたしが2週間も家じゅう探していた、わが ”遠遠メガネ” であった………確かに。
その、わたしのメガネのレンズは、手垢か油でギトギトに汚れていた。中性洗剤をつけて洗って、そして、父のテーブルに置いた。
「それ、俺のメガネだから返してくれないかい」と、言おうと思ったが、ヤメにした。なんだか後で、年寄をいじめたような、嫌な後悔が残りそうな気がしたのだ。「また富士メガネでつくればいいッか………高いけど……」
風呂から上がった父は、裸のまま、まずメガネをかけてソファーに座ってリモコンを握り、テレビのスイッチを入れた、大音量で。きっとわたしのメガネは、離れたテレビを観るのも、手元のテーブルの、酒の肴を見るのも、快適なのだろう。「俺、なにか若返ってるのかな。俺って、最近目が良くなってきてる」とか思っているのだろうか‥‥‥な。