tnlabo’s blog   「付加価値」概念を基本に経済、経営、労働、環境等についての論評

人間が住む地球環境を、より豊かでより快適なものにするために付加価値をどう創りどう使うか。

「格差の拡大する社会」は「持続可能」ではない

2018年12月05日 15時07分06秒 | 社会
「格差の拡大する社会」は「持続可能」ではない
 ブエノスアイレス・サミットの首脳宣言のキーワード「持続可能性」について種々見て来ましたが、もう一つ、最近あちこちで問題になっている「格差問題」と「持続可能性」について考えてみたいと思います。

 これも結論から言ってしまえば、格差の拡大する社会や組織には「持続可能性」はないという事になりそうです。

 格差にもいろいろあって、国別格差から国内の所得格差、企業内の賃金格差まで多様です。昔は低開発国援助に先進国が熱心でしたが、今は世界トップクラスの先進国であるアメリカが自国の利益を守ることに汲々としている状態で、そこに貧しい国の人たちが列をなして流れ込もうとしているようです。 こうした国際関係は長続きしないでしょう。

 アメリカ自体の中でも上位5%の人たちが7割の富を持っていると言われる状況は問題で、いわゆるラストベルトの人たちとの格差拡大がトランプさんを登場させ、混乱を拡大させています。

国内格差の問題では、いま中国も苦しんでいます。政府は内陸部の開発など国内格差の縮小に力を注いでいるようですが、共産主義の国でも、13億の多様な人種や宗教の国民を抱え、地理的、地域的な問題も抱えていることを考えれば、対応は容易ではないでしょう。
共産党一党独裁だからこそ、格差の拡大を抑えられるというのが共産主義の理念でしょうが、そう簡単ではないようです。

嘗ては「一億総中流」で格差の少なかった日本でも、最近は格差拡大が進んでいるようで、保育、教育、老後生活まで、問題は多々です。
 政府は、同一労働同一賃金とか、消費税増税に伴う軽減税率だとか、格差縮小に力を入れているようですが、見当違いのことも多く、一層の格差社会化が懸念されています。

 企業内の問題では、日産のゴーン前会長が、カネの魔力に負けたのでしょうか、異常な報酬の格差を隠そうとしたのが発覚しました。

 もちろん人間の能力、意欲、そして努力。さらには運の良し悪しもありますから、個人も社会もある程度の格差は容認するのです。しかしそれには限度があるようで、国際関係やそれぞれの社会や属する組織の中の人間が認める限度を逸脱すると、国際関係も、社会の状態も不安定になり、人間関係も悪化して、安定した成長や発展が巧くいかなくなるというのが、共通した歴史の経験のようです。

 かつて 自由と平等の問題も論じましたが、その際指摘した「真理は中間にあり」といったバランスの限度を逸脱すると、そこに訪れるのは健全な前進、成長、発展へのブレーキ、あるいはその挫折でしょう。

 歴史的には、格差拡大は下克上や、革命をもたらしました。民主主義の世の中では政権交代なのかもしれませんが、やはり格差拡大は社会に混乱をもたらし、その「持続可能性」にとって深刻なマイナス要因のようです。