ジャズピアニストからスタートした大野雄二氏は今や日本で最もポピュラーな作編曲家・演奏家として知られる存在である。
その大野雄二氏が、2022年1月28日に東京国際フォーラム ホールAにて「大野雄二ベスト・ヒット・ライブ」というコンサートを開催した。このコンサートは総勢54名編成でのビッグバンドオーケストラのアンサンブルになっており、リズム楽器・管楽器・コーラスの他にストリングス(ヴァイオリン等の弦楽器群)が参加している。
今回はそのステージから「ルパン三世のテーマ'80」を紹介する。
『ルパン三世のテーマ'80 - You & Explosion Band』
今までにないほどの大編成のオーケストラで演奏されており、非常にリッチでゴージャスなサウンドになっている。音楽の豊かな味わいを満喫できる演奏である。
このコンサートについて筆者が個人的に嬉しかったのは、ドラムに市原康氏が起用されていることだ。「ルパン三世のテーマ'80」のオリジナルレコーディングに参加したジャズドラマーである。伝統的な4ビートジャズからモダンな16ビート系・フュージョン方面までオールマイティーに演奏できる人だ。1970年代後半には鈴木宏昌氏(コルゲンさん)率いるザ・プレイヤーズの前身となったコルゲン・バンドでも演奏していたこともあって、筆者は新宿・歌舞伎町にあったライブハウス「タロー」でその演奏を聴いたことがある。大野雄二氏とはしばらくブランクがあったようだが、再び市原康氏が起用されたことを嬉しく思う。市原氏は大野雄二トリオ(ジャズのピアノトリオ)でも演奏しているようだ。
上記の「ルパン三世のテーマ'80」は、あの宮崎駿監督の劇場用映画第1作である「ルパン三世・カリオストロの城」でも映像のバックで聴くことができる。冒頭の有名なカーチェイス・シーンの開始と同時にスタートする、あの演奏だ。
『【本編プレビュー】ルパン三世 カリオストロの城』
↑このプレビュー映像において 6:13 あたりから演奏がスタートする。スティーブン・スピルバーグ監督も絶賛した秀逸なカーチェイスシーンにマッチした音楽であり、心地よい緊張感を演出していると言えよう。この演奏でドラムを叩いているのが市原康氏である。
なお、映画のBGMではなく、曲自体をじっくり聴きたい場合は下記のリンクからお聴き頂きたい。
『ルパン三世'80』
この市原康氏も参加したオリジナル・レコーディングのメンバーで、もう一人、冒頭のコンサートにも参加しているメンバーがいる。ビブラフォン(バイブラフォン)の大井貴司氏である。ビブラフォンを知らない方のために説明するが、鉄琴の親分のような楽器である。ただ、普通の鉄琴と違うのは全ての音板の直下に共鳴管があって、その上端に円形のハネが仕込まれており、これをモーターで回転させることで音にビブラート(音のふるえ)が付加される。(*1) それでサウンドにムーディーな味わいが出るのだ。ビブラフォンは略してバイブとも呼ばれる。この曲(ルパン三世'80)ではビブラフォンが主旋律を演奏するので、4ビートのリズムと共にジャズを強く感じさせる仕上がりになっている。
また、オリジナルレコーディングの演奏と2022年のコンサートでの演奏は大まかにはほぼ同じだが、アレンジの細かい部分がかなり変わっている。最も違うのはストリングスが加わっている点だ。これで大野雄二サウンドがますますリッチで大人なサウンドになっている。他にもコーラス隊やハモンドB3オルガン、ハープなどを駆使してリッチで豊潤なサウンドが構築される。これほど贅沢な音楽体験はそうそうないことだ。
なお、同曲の管楽器のアレンジもオリジナル・レコーディング事とは少し変更されており、よりジャズのビッグバンド・アレンジの粋が味わえるものとなっている。サウンドを注意深く聴けば色々な違いを発見できるだろう。
コンサート映像ではトロンボーンの中川英二郎氏の姿も確認できる。彼は中学生の頃からプロ活動をしており、中学時代に既にアメリカでジャズのレコーディングもしている天才である。
大編成の旋律楽器・和音楽器たちを最終的に締めてまとめるのはドラムだが、そこは市原康氏がきちんと押さえている。バンドサウンドの最終的なキモはドラムなのである。
TV版の「ルパン三世」は2021年に新シリーズが放送されたが、その2021年版のテーマに於いてもドラムは市原康氏が演奏している。下記を見て(聴いて)頂きたい。
『ルパン三世のテーマ2021』
大野雄二氏は多くの映画音楽やテレビ番組の音楽を担当されているが、例えばNHKの紀行番組『小さな旅』のテーマも有名である。
『NHK「小さな旅」テーマ曲)』
特にこの曲を聴くと「カリオストロの城」のBGMとイメージがダブる人も多いのではないだろうか。大野雄二音楽の特徴でもあるマイナー(短調)の郷愁を誘う美しい旋律とそれを彩る木管楽器を多用したサウンドは聴く者の心を掴んで離さない。メロディーも単純なセンチメンタリズムではなく、心の底というか無意識の領域に素直に入ってくるものであり、それが大野氏らしいモダンな和音とオーケストレーションに依って郷愁の感情と共にある種の音楽的な快感を生み出す事に成功していることを発見できるだろう。
「小さな旅」の、このメロディーを演奏する楽器はずっとオーボエだと思っていたが、実はイングリッシュホルン(english horn)のようだ。イングリッシュホルンはオーボエよりも低い音域を出せるのでアルトオーボエ(alto oboe)とも呼ばれるダブルリード(*2)の楽器である。
なお、大野雄二氏は体調不良の為、2022年3月から入院・療養しており、音楽活動は停止されている。ゆっくり静養して元気を取り戻して頂きたい。ご高齢であるので大野氏のペースで音楽を紡ぎ出して頂ければ幸いに思うところである。
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(*1)
2022年のコンサート映像でも、斜め横から撮影されたカットでは音板の隙間から下で回転しているはねを確認することができる。
(*2)
オーボエなどのリードは葦の一種であるケーンを削って作られる。(*2a)このリードを2枚向い合わせにして、金属管に糸で巻き付けたものを楽器の上管に差し込んで使用するのである。
(*2a)
ちなみに、サックスのリードも同じくケーンから作られる。
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