川口保 のブログ

1市民として市政を眺めつつ、社会のいろいろな出来事を取り上げています。

伊勢山上春季大会式(戸開け式)開催される

2019-04-28 16:31:26 | 日記
                       (岩屋本堂が開帳されました)

 行者の修験道場として知られる松阪市飯福田町の伊勢山上 飯福田寺で平成31年4月28日に春季大会式(たいえしき)(戸開け式)が行われました。この催しは伊勢山上の岩屋本堂を開扉し、登山者の安全を祈るとともに、この日訪れた人たちが火渡りを行い、家内安全や無病息災を祈願する祭りです。

 国峯山飯福田寺(こくほうざん いぶたじ)(世木英勝 住職)は真言宗醍醐派の古刹で、京都三宝院の末寺。今から約1300年前の大宝元年(701)に役小角(えんのおづぬ)により開創された霊場です。本尊は薬師如来。
 中世には伊勢国司北畠家の祈願所として荘厳な伽藍を構えて栄えましたが、北畠家没落後衰退していきました。天正11年(1583)には織田信長の長男織田信雄(のぶかつ)より寺領・115貫文を寄付されましたが、松坂城主蒲生氏郷により寺領は没収され、伽藍は壊され松坂城の用材に用いられました。その後津藩主藤堂家の信奉を得て寺運は興隆しました。

   
                   (本堂前で柴燈祈願護摩が行われました)

 飯福田寺一帯の山地には多くの奇岩が露出しており、鎌倉時代以来行者の修験道場として用いられています。明治半ばまでは女人禁制となっていましたが今は解放されています。行場は表行場と裏行場があり、表行場には、油こぼし、屏風岩、行者越え、岩屋本堂などの奇岩怪岩があり、三重県の一番危険な観光地に登録されています。

 伊勢山上飯福田寺の戸開け式を執り行う修験者は、三重修験道会(福森實峯 会長)の行者15人での人たちで、午前10時から会式が始まり、護摩堂、本堂で読経後、岩屋本堂で戸開け式が行われました。参詣者はこの行場の最初の難所「油こぼし」の急な崖を、鎖を頼りに登り、役小角を祀る岩屋本堂に達します。行者が般若心経を唱えながら開帳し、参加は開帳された岩屋本堂にお参りしました。
 その後、本堂前に戻り柴燈祈願護摩(さいとうきがんごま)が行われ、参拝者の願いが書かれた護摩が焚かれました。次に、飯福田寺の護摩堂前では、積まれた薪に火がつけられ、火や煙が残る薪の上を来場者が素足で渡る「火渡り」が行われ、健康や厄除けを祈願しました。

 
   (岩屋本堂に行く途中の難所「油こぼし」)    (火渡りを行い健康や厄除けを祈願しました)

 この伊勢山上飯福田寺の戸開け式、戸閉め式について、世木住職の話しでは、以前は開山式(戸開け式)が4月8日、閉山式(戸閉め式)が10月7日と決められていましたが、平日では手伝いをしてくれる人たちが出にくいこともあり、平成26年から戸開け式が4月下旬の日曜日、戸閉め式は10月下旬の日曜日に行われることになりました。

 この会式には、寺や神社の催しでよく行われる甘酒の振る舞いや、餅まきなどはありませんが、それでもこの山あいの寺に多くの参詣者があり、修験者が行う儀式を見ています。会式のメインは役小角を祀る岩屋本堂の開帳であるが、来場者にとってのお目当ては火や煙が残る薪の上を素足で歩く火渡りです。この会式が行われる頃はお寺の周辺の山々も新緑を迎え、自然の中のお寺の会式が楽しめました。

 この行事は私のブログ「松阪市内の祭り100選」記載してあります。
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