著者は、かつて国際協力事業団のプロジェクトでアルゼンチンとパラグアイ両共和国に派遣された経験を有する元専門家。長い南米での滞在経験をもとに、「ラテンアメリカ、旅は道づれ」と題する私家本をこのたび上梓した(2020年3月1日)。A5版246ページの自家製本(無線とじ)で、カラー写真を多く含んでいる。挿絵の地図や写真はいずれも著者の手による。
閲覧の要望が多かったことから、業者に依頼し第二刷をオンデマンド印刷製本した。A5版276ページ、2021年6月1日発行。6月1日発行の第二刷版はモノクロ印刷であるが、本文の理解を深めるために付表(旅の記録)を添付した。
(写真左は2020年3月1日発行、写真右は2021年6月1日発行の第二刷版)
出版趣旨と内容をご理解いただくために、「はじめに」「目次」「あとがき」の文章を本書から引用する。
◇はじめに
旅とは何だろう? 人は何故、旅をするのか? そんな思いを潜在的に抱きながら、長い間生きてきた。
人類にとって旅の始まりは、狩猟時代に獲物を求めて移動したことだと言われる。歴史的には、その後の巡礼や神社詣でなど宗教的な旅、居住地を求め、或いは弾圧を避けるための民族大移動、先進地への遊学ブームなども時代を代表する旅の姿であった。近年では観光や買い物ツアーなどがあげられようか。しかし、旅の本質はもっと個人的なもので、目的もなくふらりと旅立つような姿を想像するのは私だけだろうか。
あなたにとって旅とは? の問いに、「人生そのもの」「心の洗濯・癒し」「新しい出会い・発見」「非日常」「冒険心」「知識欲求・冒険欲求」など多様な答えが返ってくる。それで良いのだと思う。誰にだって夫々の事情があり、旅に出るのだから。
本書は、筆者が仕事の関係で、南米のアルゼンチンとパラグアイで暮らした頃の旅の記録である。地球の反対側で暮らしてみると、ラテンの人々の気質や暮らしぶりに戸惑うことも多く、彼らが作り出してきた文化や歴史は非常に興味あるものだった。また、日本と大きく異なる自然も珍しく、今でも当時の感慨が鮮明に蘇ってくる。
アルゼンチンでの暮らしは、昭和52年(1977)から昭和59年(1984)にかけて、延べ2年4か月間。今から40年ほど前の事で、筆者もまだまだ若かったが、為替相場は1ドルが250円の時代であった。また、パラグアイには平成12年(2000)から平成20年(2008)にかけて、延べ5年間滞在した。こちらは、現役を退いてからの仕事だったので比較的ゆとりがあり、休暇にはたびたび遺跡を訪ねた。
ラテンアメリカでは紀元前から16世紀までアンデス文明が栄え、コロンブスが新大陸を発見したのを契機に大航海時代が到来、16世紀から18世紀にかけてはスペインやポルトガル支配の時代であった。その後、ヨーロッパからの移民の時代を経て、19世紀には各国が独立戦争を経て近代国家となった。現在は農業国として栄え、日本からの移住者も多数活躍している。
今回旅した国々は、全てスペイン語圏であるが、原住民言語も公用語にしている国が多い。いわば、多民族、混血の大陸である。もちろん、治安が悪い地域もあるが、人々は総じて明るく、親切である。ラテンの国々は、「オーラ、アミーゴ」「コモ・エスタ?」「アスタ・マニヤーナ」と、旅人を誘う。
◇目次構成
はじめに
第一章 アルゼンチンの旅
1 ブエノス・アイレスに遊ぶ
2 大豆の都と呼ばれる町がある
3 コルドバの地名で思い出すのは?
4 マル・デル・プラタ、アルゼンチン最大のビーチ・リゾート
5 メンドーサのワインとアコンカグア展望
6 北西部のサルタとフフイ、「雲の列車」とウマワカ渓谷
7 世界最大イグアスの滝、「何だ、こりゃあ!」
8 南米のスイス「バリローチエ」
9 世界最南端の町ウスアイア、哀愁を感じる町だ
10 世界の果て国立公園、テイエラ・デル・フエゴ
11 最果ての海峡「ビーグル水道」、鉛色のうねりにオタリアが群れる
12 ペリト・モレノ氷河クルーズとウプサラ氷河探訪
13 アルゼンチン心の詩集「ガウチョ、マルテイン・フィエロ」
14 南米大陸へ最初に渡った日本人、フランシスコ・ハポン
15 アルゼンチンの大牧場主「伊藤清蔵博士」、札幌農学校から世界へ
16 パンパ平原を札幌生まれのガウチョが駈ける「宇野悟郎氏」
第二章 ウルグアイの旅
1 ウルグアイ東方共和国モンテビデオ
2 世界遺産の町コロニア・デル・サクラメント
第三章 パラグアイの旅
1 イエズス会の遺跡トリニダを訪れる
2 信仰の町カアクペ、パラグアイ巡礼の道
3 ボケロンのユートピア、原住民はどう思う?
4 ピラールの牛は腹まで水に浸かって草を食む
5 パラグアイの豆乳飲料、フルテイカ社を訪ねる
6 パラグアイ最初の日系移住地「ラ・コルメナ」
7 戦後初の計画移民の地「チャベス」
8 パラグアイ大豆発祥の地「ラパス」
9 周到に進められた直轄移住地「ピラポ」
10 最後の直轄日系移住地「イグアス」
11 ジョンソン耕地に抱いたコーヒー生産の夢は大豆で実ったか?「アマンバイ」
12 日本人は山へ帰れ・・・
第四章 チリの旅
1 パイネ国立公園を行く
2 君はアンヘルモでクラントを食べたか?
3 サンチアゴに雨が降る
4 チリのアカプルコと呼ばれる「ビーニャ・デル・マル」
5 旧都、天国のような谷「バルパライソ」
6 南米チリに渡った最初の日本人
7 英雄詩人パブロ・ネルーダと革命家チエ・ゲバラ
8 年間降水量が1.1ミリ、チリ北部のアリカ
9 世界最高所のチュンガラ湖に水鳥が遊ぶ
10 イースター島の旅、モアイは歩いたのか? 悲しみの顔は何を語る
第五章 ペルー、ボリビアの旅
1 リマ、黄金の都はどうなった?
2 ナスカの地上絵、何のために描いたのか?
3 クスコ、インカ帝国の都は黄金の輝き
4 マチュ・ピチュ、インカの失われた天空都市、ミステリアスな想いに浸る
5 チチカカ湖、トトラの浮島で子供らは歌う
6 チチカカ湖再訪、高山病で急遽サンタクルスへ、友との邂逅
第六章 メキシコの旅
1 アステカ神殿の上に立つ大聖堂、メヒコの旅の始まり
2 君は「国立人類学博物館」を訪れたか?
3 テオテイワカン遺跡のピラミッド
4 陶器「タラベラ焼き」とグルメの町「プエブラ」
5 チョルーラに昔の栄華を偲ぶ
6 コロニア様式の町「タスコ」に遊ぶ
7 殉教壁画に「太閤さま・・・」、クエルナバカ大聖堂
8 カンクン、一度は訪れたいカリブ海のリゾート
9 チチエン・イッツア、森に埋もれるマヤ遺跡
第七章 スペインの旅(17世紀中南米で覇権を握った国)
1 ガウデイとサグラダ・ファミリア聖堂
2 カタルーニャの芸術家たち
3 落日に染まるアルハンブラ宮殿
4 石柱の森のメスキータ、宗教に共存はあるか?
5 ラ・マンチャの風車
6 スペインの農業
7 プラド美術館でみる夢
8 ソフィア王妃芸術センターの「ゲルニカ」
9 マドリード王宮、豪華絢爛スペイン王室の歴史
10 ラス・カサスに学ぶ、「ビラコチャと見間違えた」では済まされない
第八章 アメリカ大陸の歴史
1 アメリカ大陸、移民の歴史
2 新大陸における農耕文化の起源と新大陸原産の作物たち
3 文明を変えた作物「大豆」、新たな開拓者
あとがき
◇あとがき
ラテンアメリカ、日本から遠い国である。情報が瞬時に世界中を駆け巡るような時代になっても、わが国の新聞やテレビが彼の国々のニュースを取り上げる機会は少ない。
しかし、ラテンアメリカは旅人にとって魅力的だ。アンデス文明、パンパ平原、パタゴニア、アルゼンチンタンゴ、リオのカーニバルと聞くだけで心が踊る方も多いだろう。筆者はかつてアルゼンチンとパラグアイに通算七年余り暮らし、ラテンの生きざまに「なるほど、こういう生き方もあるか」と感じ入っていた。そしていつか、ラテンアメリカの人々の暮らしや文化を紹介する機会があればと考えていた。
本書は南アメリカを中心とした旅の記録、全て妻との弥次喜多道中記である。行く先々の旅行会社の紹介で現地ツアーに参加し、インフォメーション・オフィスを頼りに街を歩いた時の印象を綴っている。二人ともスペイン語が堪能と言う訳ではなく、何とか旅ができる程度の会話力だったので、中には誤った認識があるかも知れないが、ラテンアメリカについて少しでもご理解いただけたなら幸いである。
昔々の旅なので記憶を紡ぎながらの編纂作業だった。写真を整理していると、旅の先々でお世話になった多くの方々の顔が次々と浮かんでは消え、今も旅の延長線上にあるような錯覚にとらわれ、「元気にしていますか」「またお会いしたいですね」と思わず呟くのだった。本来なら、お世話になった方々のお名前を挙げ謝意を表したいところだが、あまりにも多いので割愛させて頂く。
時が過ぎて、二人とも「終活」「断捨離」の言葉が似合うような年齢となった。人生の記憶を整理し記録に残すのも悪くないだろうと考えて、本書を取りまとめた次第。いわば回顧録の一コマ、履歴書(自叙伝)の1ページとも言えるようか。本書ではラテンアメリカの暮らしや文化については触れていないが、次に予定している冊子「パラグアイから今日は!」に譲りたい。
本書を手に取りご笑覧賜った皆様、ラテンアメリカに興味を持ち「旅に出て見ようか」と思っていただけたなら幸甚です。有難う。
2020年3月1日
恵庭市恵み野の草庵にて 著者