読書日記

いろいろな本のレビュー

談志が死んだ 立川談四楼 新潮文庫

2016-03-10 15:52:40 | Weblog
 著者は1983年11月立川流落語会第一期真打となり、その後作家としても活躍している。今年64歳で、46年前に18歳で34歳の立川談志の弟子となった。彼の落語やテレビでの司会の話術に魅了されての入門である。『赤めだか』の談春の兄弟子である。談春の青春ストーリーの少し前の時代が回想されていてそれなりに懐かしい。例によって天才肌の師匠の理不尽な要求に翻弄される弟子の苦悩というパターンは同じだが、こちらは少し年がとっているだけに老獪な感じがする。タイトルの『談志が死んだ』は上から読んでも下から読んでも同じになる回文というやつで、人を食った感じが横溢している。
 この本の惹句に「偉大な師匠の光と影を古弟子が虚実皮膜の間に描き尽くす傑作長編小説」とあるが、登場人物は全部実名だし、起こった出来事もすべて本当のものなので、ノンフイクションだと思って読んでいた。談志はすでに亡くなっているので、その辺は書きやすいのだろうと理解していたのである。小説にしたら面白すぎる。それだけ立川談志という人物が不出生の天才だったということか。
 この本の中のメインは著者が談春の『赤めだか』の書評を誉めて書いたのを談志が見て、「あそこに出てくる俺の話が全部本当だって言うのかい」と結局談四楼を破門にするところだ。具体的に言うと、食堂やレストランで談志が談春に目配せをし、談春が楊枝立てから数本抜き出し、談志の小物入れにしまい込むシーンを「オレが爪楊枝なんか盗ませたことがあるか」といって談四楼にいちゃもんをつけるのである。しかし弟子に盗みをさせるのは談志の得意技で、爪楊枝のみならず、塩胡椒、醤油やソース果ては飛行機のトイレの化粧品も持って来いというのがよくあった。そして「いいか、人間、泥棒っ根性がねえと出世しねんだ」とのたまう。まさに談志の独壇場だ。
 著者はこの書評の件で、談志に破門を言い渡され、何とか師匠の怒りを解こうと努力する。理不尽な仕打ちに直向に誠実に対処しようとする姿が哀れを誘うが、これが談志一門の宿命だった。最後に談志が著者の耳元で「あのことは水に流せ」で一件落着となったが、晩年の師匠を襲った病気が原因だとわかったという救いの言葉が印象的だ。談志の小悪党的な振る舞いを話半分にするために「小説」と断っているのだろう。本書は『赤めだか』以上に理不尽と闘う弟子の姿が描かれていて、面白い。
 談志自身は高校を一年で中退して、柳家小さんに弟子入りしているが、小さんにいびられた話は聞かない。逆に甘やかされて増長したのかも知れない。ところで弟子に厳しい談志だが、志の輔はなんかうまく切り抜けている感じがする。大学を出て結婚してから入門したが、二つ目も短期で昇進しとんとん拍子に真打までいった。もちろん才能はあるのだろうが、どうも大学出のインテリには弱かったのではないかという気がする。