読書日記

いろいろな本のレビュー

ブルシット・ジョブの謎 酒井隆史 講談社現代新書

2022-06-01 11:51:22 | Weblog
 本書はデヴィッド・グレーバーの『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』(岩波書店)の訳者である酒井氏がグレーバー氏の本をパラフレイズしたもので、日本の現状にも言及されていて面白い。本書を読んでから原典へ向かえば、内容の理解が容易になるだろう。本書の副題は「クソどうでもいい仕事はなぜ増えるのか」で、これに日々悩まされている人は多い。例えば飛行機の女性添乗員、接客は大変だが、さらに愛想よくすることを求められることが多く、過度の感情労働の側面がブルシット・ジョブだと書かれている。しかし、日本では接客は愛想よくすることが当然で、添乗員もこれを唯々諾々と実行している。欧米の航空会社では中年の女性が多く、客に媚びを売るなどとんでもないという感じだが、日本ではそうはいかない。「お客様は神様です」的な仕事ぶりがサービス業では当然という発想が浸透している。

 どういう業種がブルシット・ジョブになるのか。本書ではイギリス映画の『わたしは、ダニエル・ブレイク』(ケン・ローチ監督)を例に出している。長年大工仕事をしてきた主人公が心臓発作で失職して、失業保険や給付金獲得のために煩雑な手続きを強制されて、慣れぬパソコンをいじらされたりして書類を提出するが却下されるという残酷な目に遭うという話だが、私もこの映画を見て厳しいなあという感想を持った記憶がある。著者の「価値ある仕事を地道に積み上げてきた労働者に対する、ある種の残酷な懲罰的サディズムにも見える」という言葉は大いに共感できる。役所の担当の女性職員は誠実に淡々と仕事をこなすが、それが主人公ダニエル・ブレイクを追い詰めていく過程が恐ろしい。このような失業者にいろんな書類を提出させた挙句、却下するという仕事もブルシット・ジョブだと言っている。

 イギリスの生活保護の捕捉率(実際利用している割合)は87%だが、日本では20%弱。これは正確な情報が伝えられていないのと、悪名高い窓口であれこれの嫌がらせを受けて追い返される「水際作戦」が一因で、さらに生活保護を受けるのが恥ずかしいという意識があるからだと著者は指摘する。この原因について著者は、人間は放っておくと怠けてしまうという人間観の日本における独特の根深さ、さらにそういう「怠け者」に見られたくないという精神的呪縛の強さがある。また子供や未成年に対する束縛は部活、校則、宿題等々を通してルール遵守の気風の醸成に繋がっており、それが無意味な規制や行動を長時間強いられることで「ブルシット・ジョブ」への耐性がよその国よりもあるかもしれないと言っている。このことはさらに「石の上にも三年」等のことわざによって助長されると言える。

 何が「ブルシット・ジョブ」かということになるとセンシティブでなかなか難しいところがある。「職業に貴賎なし」というのが通奏低音として流れている日本では、差別問題に抵触しかねないからだ。よって職業のカテゴライズではなく、それぞれの仕事の労働形態と時間管理の問題等が議論の対象になるのだが、扱っている問題が大きいのでうまくまとめきれない。一読をお願いします。私も原典を当たります。