読書日記

いろいろな本のレビュー

チャイナ・ジャッジ 遠藤誉 朝日新聞出版

2012-12-11 17:29:34 | Weblog
 前掲『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』(朝日新聞出版)の続編で、主人公は薄煕来である。彼は重慶市書記から共産党政治局員入りを目指したが、失脚した。副題には「毛沢東になれなかった男」とある。一読して、最近これほど権力に対する執着を見せた人間はいないのではないかと思われる。彼は元国務院副総理の薄一波の息子で、文革時は紅衛兵として「聯道」というグループの中で暴れまわった。父の一波が文革で批判されたとき、彼は人前で父親に暴行を加え、倒れた父親の胸に飛び乗って肋骨をへし折ったという経歴を持つ。一波は後に「こんな親を親とも思わず、悪辣な手段と酷い心で自分の父親を殺そうとさえする様子から見ると、この子はわれわれ党の未来の後継者となる器があるよ。今後、彼はきっと見込みがあるよ」と語っているが、異常な父性愛というべきだろう。孔子様のお国で、親に暴力をふるってまで権力者(毛沢東)に媚びるこの男のメンタリティーは理解できない。こういう人間を最高権力者にしなかった共産党はまだ見込みがあると言わざるをえない。
 朝日新聞連載の「紅の党」に薄煕来の記事が連載されて、なかなかおもしろかったが、その記事のニュースソースが本書ではないかと思われる。煕来失脚の直接の原因は妻の谷開来がイギリス人ヘイウッドを殺したことで裁判にかけられたことだが、それに関連して煕来の部下の王立軍が命の危機を感じてなんと成都のアメリカ領事館に逃亡するという珍事が起きた。彼は煕来の命令で共産党幹部の盗聴をしていたことが、明らかになっている。その辺の事情も緻密な取材で解き明かしてくれる。
 本書は煕来の生い立ちから、大連時代、遼寧省時代、商務部時代、重慶時代と年代記にして読ませてくれる。筆致は批判的で否定的だ。というのも、著者は煕来の父の薄一波が現役の幹部時代に中国に暮らした経験から、一波のやり方が許せなかったらしい。明らかに憎しみがこもっている。それを晴らそうとするかのように一気に書き上げたという感じで、下手な小説より面白い。前に中天を仰いで今にも泣きそうな煕来の写真、後ろに鋭い視線でにらみをきかす妻の谷開来の写真を配したカバーも秀逸。中国共産党が抱える問題点が手に取るようにわかる。