読書日記

いろいろな本のレビュー

原節子 貴田庄 朝日文庫

2010-08-02 16:01:36 | Weblog
 副題は「あるがままに生きて」。昭和の大女優の人となりが著者の温かい筆致で描かれている。原は横浜の生まれで、横浜高女二年の時、姉の光代の夫、熊谷久虎が映画監督であった縁で映画界入りした.理由は経済的なものと第一志望の横浜第一高女の入試に落ちたことが大きかった。因みに横浜高女は小説家の中島敦が勤めていたことがある。
 原は生来のグレタ・ガルボばりの美貌でたちまち人気女優になるが、小津安二郎監督の「東京物語」で未亡人の紀子を演じ、義父役の笠智衆とやり取りしたセリフは今も心にのこる。戦争未亡人の紀子を見事に演じ、健気な日本女性を永遠に人の心に刻印した。人気女優にもかかわらず驕り高ぶりとは無縁の生き方は誠に範とすべきもので、最近のヤワな女優とはレベルが違う。1960年ごろ、彼女が40歳の時の言葉が紹介されている。原曰く、私はおいしいものが食べたいとか、いい家に住みたいとか、いい着物を着たいと思わないのです。ですから損得でものをしゃべったり、行動したことは御座いません。自分を卑しくすると、後でさびしくなるのでそういうことは一切しないようにしています。映画でも私のやる役柄は狭く限られておりますが、この役がらを深く掘り下げていきたい云々と。
 誠にあっぱれな態度と言わねばならない。その後、彼女の言葉通り役柄の狭さが災いして出演の機会が減り、「愛情を与える人がいない」という悲しみをいだいたまま、映画界を去って半世紀になろうとしている。
 本書は朝日新聞の書評欄にイラストレーターの横尾忠則氏の「光と美と活力をくれた大輪の花」というタイトルで紹介された。私はこれを観て購入したが、本書はこれ以後4刷になったらしい。原節子は昭和の世にあるべき女性の姿を提示した。それ故に今でも多くの人に愛されるのである。不安定な希望のない時代であればこそ、人は普遍的なものに繋がろうとするのであろう。吉永小百合ではだめなんだなあ。