読書日記

いろいろな本のレビュー

牛を屠る 佐川光晴 解放出版社

2009-08-25 09:43:29 | Weblog

牛を屠る 佐川光晴 解放出版社



 佐川光晴は小説家で、2000年「生活の設計」でデビュー、その年の新潮新人賞を受賞した。彼は北大法学部卒で、出版社勤務の後、大宮屠畜場に勤務し、牛や豚を捌く仕事に従事した。その中で、自身の結婚にまつわる話など、身辺の雑記をまとめたもので、結構面白く読めた。この体験は彼の文学活動の核のようなものになっていることは間違いない。(そればかり書いているというわけではないが)大卒で屠畜場勤務という世間の常識では珍しい職業選択と世間の目をどう受け止めたかということが、主題だった。屠畜場は問題と相関関係が深い。彼は出身ではないが、そのような目で見られることについての思いというものが、縷々語られていた。職業に貴賎なしというが、彼の淡々とした語り口は「職業と差別」という問題をあっさりと解決してしまったいる。この「淡々とした」文体は逆に説得力があり、才能を感じさせる。本書は彼の屠畜場の体験をルポルタージュ風に書いたもので、皆があまり知らない職場の様子をまさに「淡々と」書いている。声高に書かないところがいい。
 出版もとの「解放出版社」は2007年に「世界屠畜場紀行」(内澤旬子)を出して、好評を得た。世界の「屠畜」の様子を内澤氏のスケッチとともに紹介したもので、屠畜にまつわる不浄感・差別感を払拭するのに大いに効果があったと思われる。その流れで今回の企画になったものと推測する。佐川を起用して屠畜場の実態を書いてもらって、屠畜と差別の微妙な問題に一石を投じるという戦略はまあまあ成功したといえる。それはとにもかくにも佐川の謙虚さと誠実さに負う所が多いと思う。佐川は最後に「屠畜場」は「場」の方がいいと本音を吐いている。「殺」という字が差別を助長するという間違った考え方に警鐘を鳴らしたという意味で、私も同感だ。「障害」を「障がい」と書く愚を思い起こしてほしい。
 佐川が今後更なる発展を遂げるためには、また違うテーマ・問題意識を持つ必要がある。大いに頑張って欲しい。近著「ぼくたちは大人になる」(双葉社)を読んで頂きたい。佐川の「いい感じ」が横溢している。