庵KM

技術屋OBの環境問題独り言

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責任回避の典型的な原子力政策の転換。大間原発の再開。

2012-10-07 | 核エネルギー・原子力問題
既存の原発を再稼働するには、「原子力規制委員会」の安全性の評価が不可欠で、その上で、原発立地の防災重点区域(避難計画の準備が義務付け)となる自治体の了解は絶対に必要である。
防災重点区域は、30km圏内では甘い想定で、80km程度に拡大すべきであるが、300kmから2000kmも離れた「中央政府が判断する責任を負う」とする論者の、言い分は理解に苦しむ。
重点地域の住民、自治体の意見がまとめられないから、「中央で決めてくれ!」という合意があるとは、全く考えられない。

再稼働の判断は「地域主権」に移行すべきだが、【大間原発の様な新規の増設(工事の再開)】は、地元が同意すれば進めて行く、と言う電力会社の言い分は、全く通用しない説明である。
この工事再開問題に対して、国は【いったん、着工の認可を出している】から、今から工事を差し止めることはしない、としている。
これこそ、責任放棄の【無能で無責任の中央政府の典型】である。
特に「大間原発」の場合は、プルトニウムを混合した【MOX燃料】の専用原子炉であり、【使用済み核燃料の再処理路線】の転換が議論されているのに、従来の計画を強引に進めて、既成事実を積み上げてしまう魂胆だと見える。

国民への説明を意図的に捻じ曲げて、「再処理路線」を国策として進めてきた原子力政策を、根本的に再検討する責務は、中央政府が全責任を負うべきである。
青森県の「六ヶ所村の再処理工場」の先行きも、曖昧にしたままに、地元の再生計画もないままに転換すれば、大問題に発展するのは確実である。
だから、政権末期の内閣にとっては、これを次の政権に先送りをしようとして、アイマイ姿勢に終始している。
しかし、受け皿となりそうな、「自民党の原子力政策の転換」は、もっと疑問だらけの、「中身が何もない日和見主義」である。

大間原発を進める【電源開発】は、民間企業であるために、ここで、工事を中断することを自社で言い出せば、今までに投下した建設費は、すべて損失として計上することになる。
当然、大赤字を出すことになり、経営陣の首が飛ぶことは確実であろう。

無理を承知で「工事再開」を宣言し、政府が止めることを待っているのだ。
国が工事再開の差し止めをすれば、今までの建設費の損害を国に請求出来る。