Eur-Asia

西洋と東洋の融合をテーマとした美術展「ユーラシア(Eur-Asia)」の開催を夢見る、キュレーター渡辺真也によるブログ。

4月11日(水)のつぶやき その2

2012-04-12 01:20:35 | Weblog
19:50 from web  [ 2 RT ]
(自5)自由意志を盲目的に肯定すると、自我を成立させている個の連続性が見えなくなり、独善的になる。そしてややもすると自由意志には他の選択肢もあったはずだ!との責任論に発展するが、国民国家のフィクションを支える一神教の基盤の無い日本では、この責任論がちぐはぐに展開する。

19:51 from web  [ 1 RT ]
(自6)自らの信仰を守る為に独立戦争をしたオランダなどと異なり、日本は西洋列強による植民地化を逃れて、国家神道を掲げて近代化を試みた。敗戦後、日本は民主主義国として再出発したが、主権者である国民の自由意志を保障する為に、国家の斉唱を義務づける、というのはやはりちぐはぐである。

19:52 from web
(自7)イランの核保有の問題は、核保有国が核を持たない国を牽制するという非対称的なものだが、これは日清戦争後、中国初の植民地を手にした日本に欧州三国が干渉したことと似ている。これは自由意志に基づく国家の内外問題を前景化して宇宙を切り取った際に現れるヴァリエーションだと私は考える。

19:52 from web  [ 2 RT ]
(自8)現行の国民国家における主権者は国民だが、自由意志が物理学・心理学・神経科学的によって否定され、さらに自由意志をもっていたとされる個人は他者との連続性なしに成立しないことが証明された後、民主主義は成立し得るのか?それとも、国民国家をベースとした民主主義から移行できるのか?

19:53 from web  [ 1 RT ]
(自9)ユング心理学(分析心理学)において、自由意志を司るのは自我(Ich)であり、「個性化の過程」である人格の中心である。一方、全ての人格の心の中心かつ元型が意識と無意識(個人的無意識と集合的無意識)からなる個我(Selbst)であり、そこには自由意志は存在しない。

19:54 from web  [ 2 RT ]
(自10)ネーションを形作るものの一つに宗教(例えば同じ人種でもカトリック信者のクロアチア人と東方正教会信者のセルビア人など)があるが、この神のイメージを担うのは自我ではなく、全人格の核をなす個我である。個我との相互作用から成長し、それを実現しようという個性化が自我となる。

19:55 from web  [ 3 RT ]
(自11)ネーションを形作る個性化の元型である個我に潜む集合的無意識から、他者との連続性を前提にした統治システムを作ることはできないか?すると、敵対概念の規定から成る国民国家と、自由意志を前提とする民主主義というデカルト的近代を乗り越えた、スピノザ的統治へと移行できるだろう。

19:55 from web
以上、連続ツイート「自由意志から考える国民国家のオルタナティブと集合的無意識について」でした。読んで下さった皆様、ありがとうございました。

20:45 from web (Re: @penate3
@penate3 私も同感です。私も「ふるさと」だったら、ぜひ歌いたいです。

20:48 from web (Re: @slitsandfrills
@slitsandfrills ぜひ!

by curatorshinya on Twitter

4月11日(水)のつぶやき その1

2012-04-12 01:20:34 | Weblog
06:09 from web (Re: @shingoinao
@shingoinao やはり、何らかの形で繋がっているんだろうね。

06:10 from web (Re: @temarineko
@temarineko この佐治晴夫さんの言葉、仏教の世界観とほぼ一致していますね。興味深いです。

06:11 from web (Re: @DADA21C
@DADA21C この事態が何を意味しているのかまだ判りませんが、ここから面白いことが判ってきそうな気がします。

06:20 from web (Re: @shimashimatweet [ 1 RT ]
@shimashimatweet この写真のことね。素晴らしいでしょう?Alfred Stieglitz "Hands and Thimble - Georgia O'Keeffe" 1920lamblegs.files.wordpress.com/2010/06/stiegl…

07:30 from web (Re: @shimashimatweet
@shimashimatweet 俺はこの写真よりも、さっき送ったイメージの方が好きだな。ジェームス・ウェリングが試みたことを既に先取りしている様に感じました。ぜひ手をテーマにした、オキーフとスティグリッツへのオマージュ作品、作ってみてよ!

16:06 from web (Re: @shimashimatweet
@shimashimatweet 自分の手をいかに異なる「視点」で撮るのかが鍵になるのではないでしょうか?リヒターが描いた雲や海、サントヴィクトワールを描いたセザンヌ、カーテンを撮影したウェリングや、「アメリカ人」を撮ったロバート・フランクなどが参考になると思います。頑張って!

16:10 from web
宮崎駿がパチンコ好きなのは、父親の経営する宮崎航空興学が下請けしていた中島飛行機が、敗戦後GHQにより航空機の生産が禁止されて解体された後、否応なくパチンコ台生産工場へと変容して行ったことに、ある種のシンパシーと歴史ロマン、ノスタルジアを感じているからではないか?

16:14 from web  [ 1 RT ]
まんが『ドラゴンボール』にて少年期の孫悟空が尻尾を握られると力が抜けてしまうという設定は、旧約聖書にて怪力の秘密がその髪の毛にあることを愛人デリラに聞き出された英雄サムスンが、髪を切り落とされた後ペリシテ人たちから目をえぐり出された逸話から、作者の鳥山明が着想したものではないか?

16:18 from web
インターネットのインターとは、一体何の「間」や「内部」を指しているのだろう?もしも仮にその対概念としてのアウターネットがあるとしたら、それはどんなネットワークだろう?

16:20 from web
人間を含む高等動物がほぼ左右対称の形態に進化したのは、より長い手足のコンパスを使ってより長い距離を移動して補食できる様、二元論的エネルギーの拮抗の破綻からスパイラル上に垂直発展した結果ではないか。

16:20 RT from web (Re: @curatorshinya
「相互乗り入れ」の inter ですよ。 @curatorshinya インターネットのインターとは、一体何の「間」や「内部」を指しているのだろう?もしも仮にその対概念としてのアウターネットがあるとしたら、それはどんなネットワークだろう?
新田勝貴(にった かつよし)さんのツイート

16:21 from web (Re: @read_me
@read_me 早速の返信ありがとうございます。もしもアウターネットがあるとしたら、どんなネットワークになるのでしょう?想像してみると面白いです。

16:56 RT from web
@curatorshinya 「内部の」の意味なら intranet で、企業内 LAN とかがそういう意味ですね。対するものがあるとすると extranet 、これはinternet に相当すると思います。では、internet が同格のネットの相互接続から外側にとなると、
新田勝貴(にった かつよし)さんのツイート

16:56 RT from web
@curatorshinya (承前)デジタル化されていない情報との接点かなと思います。現状、人工知能が完成しない理由の一つに「人力でデジタル化されていない情報にアクセスできないから」というのがあるからです。例えば、今○○が流行っているなんていう情報は人間が入力しないと
新田勝貴(にった かつよし)さんのツイート

16:56 RT from web
@curatorshinya (承前)人工知能には分からないので、そこで人間の持つ情報と差ができ、結果人間らしい反応から離れてきます。なので、デジタル以外との接続かなと思っています。
新田勝貴(にった かつよし)さんのツイート

16:57 RT from web (Re: @curatorshinya
@curatorshinya アウターネット。具体的な例のひとつがインターネットのインフラがない場所よね。インターネット上では、ほぼ「存在していない世界」と同義になると思う。絨毯爆撃のようにネットを張り巡らせてインターネットの世界を完全構築するのが良いのか悪いのか?興味深い疑問。
Shingo Inaoさんのツイート

17:00 from web
インターネットのインターが相互乗り入れだすると、インターネットとは個の持つデジタル化済み情報を共有するネットワークか。するとウォーホルが映像作品「インナー・アンド・アウタースペース」で捉えようと試みた「アウター」とは、今だデジタル化されていない集合的無意識のネットワークのことか?

18:10 from web (Re: @shingoinao
@shingoinao @azabuokami 全くその通りですね。

18:12 from web (Re: @shingoinao
@shingoinao @shimashimatweet 手を自らの中にある「自己と他者」の表象と捉えて発展させると面白いかも。興味あったら、こんどユングのアニムス(女性の中にある男性性)・アニマ(男性の中にある女性性)に関する本を貸すよ。

19:42 from web (Re: @shingoinao
@shingoinao @shimashimatweet じゃあ先に入滅した方に貸そうかな?(笑)

19:48 from web
連続ツイート「自由意志から考える国民国家のオルタナティブと集合的無意識について」

19:48 from web  [ 2 RT ]
(自1)日清戦争後の三国干渉から日露戦争、2つの世界大戦までの流れを再考していたら、世界大戦とは国民国家というフィクションが自らの「自由意志」だと思い込むことで生まれた内外問題を前景化し、そこから宇宙を切り取った際に発生した、近代というシステムの必然的帰結なのだと再度確認できた。

19:49 from web  [ 1 RT ]
(自2)カトリックとプロテスタントの区分が不明瞭だった為、誰と誰が戦闘しているのか判らなくなり講和困難となった西欧の三十年戦争の反省から、ネーションによる敵対概念を明確化したウェストファリア体制が生まれた。フランス革命後は主権者が国王から国民へと移り、民主主義が主流となった。

19:49 from web  [ 1 RT ]
(自3)自由意志は、個人の行為が理性的判断により可能であることが前提であり、これが国民を主権者とする民主主義の根底を成している。そこにはネーションさえ規定する強固なキリスト教的世界観、すなわちデカルトに代表される考える自己(自我, Ich)の存在があり、これが近代を形作っている。

19:50 from web  [ 2 RT ]
(自4)逆に全ての事象は既に決定済みという決定論の立場に立ち、自由意志という表象像・言葉を単なる身体の動きとして否定したのが、汎神論を唱えたスピノザである。決定論では個人の行為が理性的判断に基づかない為に民主主義の想定は崩れ、宗教が規定するネーションが形作る国民国家も否定される。

by curatorshinya on Twitter