いつのことか分からない、
誰の言葉なのか知らない。
取材でもあったのだろう、
高名な登山家が問われた、
「苦しい思いをして、なぜ山に登るのか」。
答えて曰く、
「そこに山があるから」。
有名な言葉である。
分かったようで分からない答えだ。
でも妙に納得してしまう。
・・・・・
虫たち(生物)は現実を生きる。
目の前の現実をひたすら生きる。
しかも自らも現実の一部として。
つまり現実(世界・宇宙)と一体なのだ。
それを疑わない。
言葉を持たない虫たちは、それゆえ疑わない。
どこまでもまんまに生きる。
人間も現実を生きる。
そこは変わらない。
でも言葉を持ってしまった。
「我」を持ってしまった。
だから我と目の前の世界との間に線を引く。
それゆえ現実から遊離する。
あたかも現実の外にいるかのように。
そして現実ではなく、
脳内で再構成した現実、つまり仮想を生きるのだ。
これが所謂楽園からの追放である、
と私は思っている。
その因は勿論禁断の木の実を食べたからです。
智慧の実とも謂われる。
そこで想う、あのかじられたリンゴのロゴとは。
アッポウ・ペン、アッポウ・ペン?
・・・・・
旧約聖書(創世記)によれば、
この世界は神が創ったと。
はじめに天と地とを創造された。
そのあと光などが創られていくのだが、
それは神の言葉によってである。
すなわち言葉が力なのだ。
新約聖書(ヨハネの福音書)によれば、
言葉は神(そのもの)だと。
「初めに言葉があった、
言葉は神とともにあった、
言葉は神であった」。
その言葉を人間は手に入れたのだ、
禁忌を犯して。
これが原罪の起源なのだ。
だから言葉は取扱注意なのである。
だから言葉は現実に添わなければならない。
それでも罪は免れられないだろう。
でも少しは救いがある。
それなのに言葉は往々にして一人歩きする。
そして現実から離れてしまう。
現実から離れれば、言葉は必ず嘘になる。
胆に命じよう、
神の言葉は現実であり、
人の言葉は虚構である、と。
その事を覚悟しよう。
・・・・・
必死の思いで山に登り、
苦労して頂上にたどり着いたとき、
目の前には大自然が広がっている。
圧倒的な大自然が。
そのとき悟る。
自分が大自然とともにあることを。
人間が如何にちっぽけなものかと。
ときに只の生物(虫たち)に戻る。
それが悟りである。
でも下界へ戻ればすぐ忘れる。
言葉が溢れているから。
だからまた山に登る。
そこに山があるから、と。
誰の言葉なのか知らない。
取材でもあったのだろう、
高名な登山家が問われた、
「苦しい思いをして、なぜ山に登るのか」。
答えて曰く、
「そこに山があるから」。
有名な言葉である。
分かったようで分からない答えだ。
でも妙に納得してしまう。
・・・・・
虫たち(生物)は現実を生きる。
目の前の現実をひたすら生きる。
しかも自らも現実の一部として。
つまり現実(世界・宇宙)と一体なのだ。
それを疑わない。
言葉を持たない虫たちは、それゆえ疑わない。
どこまでもまんまに生きる。
人間も現実を生きる。
そこは変わらない。
でも言葉を持ってしまった。
「我」を持ってしまった。
だから我と目の前の世界との間に線を引く。
それゆえ現実から遊離する。
あたかも現実の外にいるかのように。
そして現実ではなく、
脳内で再構成した現実、つまり仮想を生きるのだ。
これが所謂楽園からの追放である、
と私は思っている。
その因は勿論禁断の木の実を食べたからです。
智慧の実とも謂われる。
そこで想う、あのかじられたリンゴのロゴとは。
アッポウ・ペン、アッポウ・ペン?
・・・・・
旧約聖書(創世記)によれば、
この世界は神が創ったと。
はじめに天と地とを創造された。
そのあと光などが創られていくのだが、
それは神の言葉によってである。
すなわち言葉が力なのだ。
新約聖書(ヨハネの福音書)によれば、
言葉は神(そのもの)だと。
「初めに言葉があった、
言葉は神とともにあった、
言葉は神であった」。
その言葉を人間は手に入れたのだ、
禁忌を犯して。
これが原罪の起源なのだ。
だから言葉は取扱注意なのである。
だから言葉は現実に添わなければならない。
それでも罪は免れられないだろう。
でも少しは救いがある。
それなのに言葉は往々にして一人歩きする。
そして現実から離れてしまう。
現実から離れれば、言葉は必ず嘘になる。
胆に命じよう、
神の言葉は現実であり、
人の言葉は虚構である、と。
その事を覚悟しよう。
・・・・・
必死の思いで山に登り、
苦労して頂上にたどり着いたとき、
目の前には大自然が広がっている。
圧倒的な大自然が。
そのとき悟る。
自分が大自然とともにあることを。
人間が如何にちっぽけなものかと。
ときに只の生物(虫たち)に戻る。
それが悟りである。
でも下界へ戻ればすぐ忘れる。
言葉が溢れているから。
だからまた山に登る。
そこに山があるから、と。
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