9時半前、無料送迎バスは佐倉の田舎風景に佇む『川村記念美術館』入口に到着。
入場券を購入してから、まずは併設のレストランへ。庭園に突き出た長細いホールの特等席に案内される。
見渡す限りの緑、水鳥たちが遊ぶ池、その畔に建つ美術館、そして空が飛び込んできた。こんなパノラマを味わいながらの朝食が、なんと800円でいただける。しかも、コーヒー付き。
ほかに客もなく、さわやかな朝の時間をゆったりと贅沢に満喫した。おっさん二人というのが、ちょいと寂しい。というか、こんなに素敵なロケーションだから、逆にちょいとキモい(笑)。
なぜこんな贅沢な、採算度外視みたいなレストランが成立しているのかというと、それはこの美術館自体が企業メセナであるから。実は、DIC株式会社という、印刷・出版・広告関係者なら誰もが知っている日本最大のインク会社が運営しているのだ。森の向こうに同社の研究所棟が見えている。朝、駅前から乗った無料送迎バスの乗客のほとんどは、ここの研究員のようだ。
こんな背景を押さえつつ、いよいよ美術館に足を踏み入れると、公共の美術館では味わえない贅沢な感動に出会うことになる。
DIC一族の超贅沢なコレクションを堪能したり、ちょっと難解な現代アートに首をかしげだり(笑)。
1Fの最後は、マーク・ロスコの連作を“感じる”ために作られた展示室だ。長細い8角形の部屋に、観覧者は手前のスリットから入り込む。ほの暗い照明の下、ほぼ黒と赤系だけで構成される大きな作品が8つ、それぞれの壁に掲げられている。いろいろな場所に移動しながら“感じて”みる。中央に置かれた部屋と同形のソファにも腰を下ろして“感じて”みる。
あくまでも静かなのだが、グイグイと迫ってくる荘厳で不思議な力に圧倒される空間だ。こんな展示、観たことない。
さて、なんだかわからない感動を胸に、再びスリットから退室すると、矢印は2Fへと向けられていた。円柱を中心に左右にRを描く階段がある(あとでわかったのだが、ここはエレベーターを使ってはいけない。しかも絶対に左側を上っていきたい)。
先ほどの暗さに慣れた目に、白い壁が清々しい。いや、白なのだろうが何故か水色に映っている。そして踊り場から、次の作品が徐々に目に飛び込んできた。最初は、赤と白と水色の国旗のような印象。
しかし、それはまだ入口の大きさに切り取られたものに過ぎなかった。部屋に入ると巨大なスペースが出現、僕たちは正面の壁に赤と両端のわずかな白のみで彩られた、たった1つの大きな作品と向き合うことになる。バーネット・ニューマン作「アンナの光」だ。
部屋の両側はスリガラス張りだ。外の深い緑が差し込み、壁を水色から薄い緑に染めている。さっきの暗い部屋から、一気に色鮮やかな空間に放り出され、しばし立ち尽くすしかなかった。
この展示室も、この作品のためだけにしつらえられているのだ。なんという演出。作家も作品についてもよく知らないし、まったくわからない(笑)。だが、今たしかにアートの素晴らしさを五感で浴びていたのだ。
本当に驚いた。興奮した。立ち尽くしたあと、今度は広い部屋をあちこち移動したっぷり味わい、我慢できずに係の女の子に声をかけちゃったり(笑)。
さらに1Fまで戻り一旦あの暗い部屋で目を慣らし、また階段をゆっくり上り感動の再確認までやった。少し増えてきた観覧者たちに、息づかいの荒いおっさん二人がどう映ったのだろう(笑)。
それにしても、こんな美術館が千葉の佐倉の郊外にあろうとは。いや、こんな場所だからこそ実現したプランなのかもしれない。あたりの田園風景は季節によって表情も変わるはずだし、リピートしたくなる。いやぁ、実に贅沢な時間を過ごせる感動の美術館だった。
ぜいたくついでに、もうひとつ。屏風など日本画の展示室の隅にある地味な障子戸を開けると、奥にこぢんまりとした喫茶スペースがある。ここでも一服の絵のような庭を眺めながら一休みできる。抹茶と和菓子、または紅茶とクッキーが選べて、どちらも800円。