錦之助ざんまい

時代劇のスーパースター中村錦之助(萬屋錦之介)の出演した映画について、感想や監督・共演者のことなどを書いていきます。

『任侠清水港』(その8)

2016-05-06 14:33:28 | 森の石松・若き日の次郎長

 自転車で撮影所を移動する錦之助の石松

 錦之助は間もなく24歳を迎えようとしていた。
 映画で森の石松に扮した役者はこれまで数え切れないほどいたが、おそらく錦之助が最年少であった。錦之助の石松は、映画に初めて登場した若くてイキのいい石松だった。
 それだけではない。人気絶頂の若手の二枚目スターが森の石松をやるのも、久しくないことであった。さらに言えば、東京生まれ東京育ちの、いわば江戸ッ子役者が演じた石松も稀であった。
 
 調べてみると、無声映画時代は時代劇の大スター阪東妻三郎の森の石松が極め付きだったという。阪妻は昭和5年の正月映画『清水次郎長伝』とその続篇『石松の最期』(阪妻プロ製作、松竹キネマ配給)で石松を演じている。講談ネタの次郎長物の活動写真であるが、この石松、片目ではなく、右眉の上に刀傷はあるものの、両目であった。
 阪妻はすでに次郎長をやっていたが不評だったらしく、あえて挑んだ勇猛な石松役で観客を魅了した。「写真阪妻映画」の編著者御園京平は、「妻三郎の浪人の殺陣も素晴らしいが、このやくざ剣法、剣術を知らない男がめくら滅法にやる殺陣も実に見事である。(中略)身に負う傷を堪えて、立ちては転び、転んでは立ち上り、歯ぎしりして惨殺される石松の最期、後年羅門光三郎が石松役者と評されたが、阪妻の前には遠く及ばぬ石松であった」と書いている。
 阪妻は、神田生まれの江戸っ子役者で、当時28歳であった。ただし、無声映画では江戸ッ子らしさを発揮するにも限界があったであろう。


阪妻の石松
 
 戦前は、阪妻のほかに、小林重四郎、黒川弥太郎、羅門光三郎、エノケン、千恵蔵などが石松をやった代表的な役者である。とりわけ剣戟スターだった羅門が『金毘羅代参 森の石松』(昭和13年、新興キネマ)で演じた石松が人気を博したという。千恵蔵が『続清水港』(昭和15年、日活京都、マキノ雅弘監督)で石松を演じたのは36歳の時である。そして終戦間近い昭和20年7月公開の『東海水滸伝』(大映、監督は伊藤大輔と稲垣浩)で千恵蔵は40歳を過ぎて再度石松をやるが、次郎長が阪妻(二度目)、小松村の七五郎が右太衛門という配役であり、この映画は大ヒットした。ちなみに、石松の恋人役は花柳小菊だった。『任侠清水港』では次郎長の女房お蝶の役である。


『東海水滸伝』千恵蔵の石松、右太衛門の七五郎、市川春代の女房

 戦後は藤田進(当時37歳)に始まって、田崎潤、大木実、森繁久弥、原健策、堺駿二が石松をやっている。一番若い大木実が29歳、一番年上の原健策は47歳で、ほかの俳優はみな40歳近くであった。
 なかでもマキノ雅弘監督の東宝作品『次郎長三国志』九部作の第二部(昭和28年1月公開)から第八部(昭和29年6月公開)まで登場する森繁の石松が好評だったが、この石松はモサッとした中年のオッサンと言った感じで、従来の元気で気風の良い石松のイメージとは違い、両目で、しかもドモリ(第五部まで)である。だいたい村上元三の原作「次郎長三国志」が講談や浪曲から離れた新趣向の次郎長物で、次郎長の子分たちの群像ドラマに仕立てたため、石松の魅力を半減させてしまった。次郎長や鬼吉にお国言葉を話させるのはまだしも、石松をドモリにしたのは村上元三の行き過ぎた改ざんである。そのうえ映画ではマキノ雅弘がさらに潤色を加え、途中から石松を片目にしてドモリを直したり、金毘羅代参のあと、遊女夕顔との話をオリジナルで創ったりしたものだから、従来親しまれてきた石松像がすっかり変わってしまった。また、石松役の森繁は、次郎長をやった小堀明男(当時32歳)より年上で、まだ映画俳優として売れていなかった。だからでもあろう、演技過剰で、いかにもあざとい芝居をした。あの顔面神経痛のような顔つきと大げさな身振りは、好き嫌いの分かれるところであろうが、私自身は嫌いである。


森繁の石松、小堀の次郎長

 話を錦之助の石松に戻そう。錦之助は、千恵蔵から阪妻の石松のことも聞いたであろうし、千恵蔵自身の経験談も聞かされたにちがいない。千恵蔵が錦之助を石松役に推薦した時、石松は二枚目の人気スターがやるべきものだという考えが念頭にあったようだが、千恵蔵は自分のことではなく、阪妻の石松を思い浮かべていたのかもしれない。
 千恵蔵は『任侠清水港』で初めて次郎長を演じることになるのだが、53歳であった。錦之助とは親子ほど違う30歳近い年の差があった。錦之助の石松が最年少なら、千恵蔵の次郎長は最高齢だったと言えよう。(昭和28年の東映の正月映画『喧嘩笠』で次郎長をやった大河内伝次郎は54歳だったが、この映画の次郎長は脇役で、千恵蔵の大前田栄次郎が主役だった。)




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