錦之助ざんまい

時代劇のスーパースター中村錦之助(萬屋錦之介)の出演した映画について、感想や監督・共演者のことなどを書いていきます。

五社英雄のハッタリ

2006-10-12 03:02:50 | 監督、スタッフ、共演者
 「演出はハッタリだよ」と言った映画監督がいる。あの巨匠内田吐夢であるが、言わんとするところが分からないでもない。吐夢の作品に限らず、映画の名場面を醒めた目で観ると、なるほど、監督が観客に対しハッタリをきかしているように感じることがある。特に時代劇やアクション映画の見せ場で感じることが多い。私は吐夢の映画よりむしろ黒沢明の映画にそれを感じるのだが、「演出とはハッタリ」をまさに地で行った映画監督の代表は、五社英雄だったと思う。彼の時代劇を観ていると、ハッタリが多いなーと感じないわけにはいかない。別の言葉で言えば、こけおどし、ケレン。どちらも悪い意味で、安っぽい大道芸か田舎芝居の見世物みたいであるが、五社の映画は決してそんなことはない。大向こうを唸らせる堂々たるハッタリとでも言おうか。おい、そこまでやるのかよ、と観ている者が感嘆の声を上げざるをえないハッタリである。見せ場を随所に盛り込み、奇抜な演出で、観客を楽しませてくれる。五社の映画を観ていると、舞台のそでで豪傑五社英雄が誇らしげに胸を張っている様子が目に見えるような気がする。晩年の彼は、文芸大作といった映画ばかりで、斬り合いのある時代劇は作らなくなったが、彼が監督した初期の時代劇を観ると、よくもまあ、鬼面人を驚かすような殺陣を考え出したものだと感心してしまう。彼の映画に現れる殺陣は今観ても新鮮であり、迫力満点である。


<三島由紀夫、五社英雄、勝新太郎。『人斬り』の撮影現場で>

 五社英雄の映画は全部で24本ほどあるようだ。私が観たのはそのうち半分くらいだと思う。封切りで観て強い印象が残っている映画は、『三匹の侍』『丹下左膳・飛燕居合斬り』『人斬り』の3本である。時代劇ではずいぶん以前に池波正太郎原作の『雲霧仁左衛門』と『闇の狩人』をビデオで観たが、大した印象がない。
 五社英雄と言うと、『極道の妻たち』や『鬼龍院花子の生涯』を作った監督として一般的には有名なようだが、私は何と言ってもフジテレビ時代の『三匹の侍』の頃のイメージが強い。五社英雄は時代劇の革命児だった。リアルな殺陣を工夫し、肉を斬る音を初めて挿入し、一躍話題の人になった。肉屋で巨大な肉のブロックを買ってきて、刀で斬らせて、その音を録音したというエピソードまである。『三匹の侍』は、私も子供の頃テレビのブラウン管に貼りつくようにして観ていた覚えがある。丹波哲郎、平幹二朗、長門勇の三人のキャラクターの違いが面白く、またそれぞれ刀さばき(長門勇は槍使いだった)も個性的でカッコ良かった。
 五社英雄は、テレビという強力なマスメディアから、映画界に殴り込みをかけ、従来のチャンバラをぶっ壊した張本人だった。五社英雄はやくざみたいな角刈りのお兄いさんで、エネルギッシュで過激なプロデューサーだった。よく大法螺も吹いていた。黒澤明をライバル視し、「あのくらいの時代劇ならオレでも作れる」と言い放ったほどである。
 血が噴き出すシーンを強烈に印象付けたのは、黒澤明の映画『椿三十郎』だったが、1960年代は五社英雄と黒澤明の二人が時代劇の殺陣を革新したと言えるだろう。肉を斬る音や血しぶきは今では当たり前になっているが、この二人が時代劇に与えた影響は測り知れないものがあったと思う。黒澤明も五社英雄も思想的には右翼っぽい人だと思うが、黒澤が権力志向型の体制派監督だとするなら、五社は、命がけの極道みたいな監督だった印象がある。



 五社英雄の映画を嫌う時代劇ファンが多いのも事実である。その理由は、彼の時代劇はハッタリばかりが目立ち、内容が浅く、味もそっけもないと見なされているからである。確かにそういう面もある。また、彼がテレビのプロデューサー出身で、映画界の外部から古き良き時代劇を破壊した元凶だと思われているからでもある。が、東映時代劇はもちろん、既成のチャンバラ時代劇が、観客に生ぬるく感じられ、マンネリ化して時代に添わなくなったことも確かだった。私は、五社英雄の映画、特に殺陣の多い彼の時代劇が結構好きなので、少しだけ弁護したいと思う。 以前、このブログで『丹下左膳 飛燕居合斬り』を取り上げたとき、「ケレン」という言葉を遣って五社英雄の映画を好意的に論じたこともあるが、ハッタリもケレンも似たような意味であろう。観客の意表を突き、あっと驚かして、喝采を浴びようとする。たとえば、芝居なら、早替わりや宙乗りなどがケレンで、市川猿之助の歌舞伎はその代表であろう。それは、大向こうを唸らせるといったもので、悪く言えば、単に俗受けを狙ったものにすぎない。演出者の意図も見え見えである。しかし、観客はまるで奇術でも見ているかのようなハラハラとした気持ちになる。だまされていると分かっていても、演出が見事だと、思わず感嘆の声を上げてしまう。すごいなーと感じ、痛快な気分を味わう。私は、これも芝居の面白さ、楽しさであり、芝居の醍醐味だと思っている。映画も同じで、娯楽性を徹底的に追求した映画はハッタリやケレンが欠かせない。それが娯楽映画の一つの醍醐味なのではあるまいか。こう考えると、五社英雄の映画も、もう少し高く評価しても良いのではないかと思うが、どうであろう。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿