錦之助ざんまい

時代劇のスーパースター中村錦之助(萬屋錦之介)の出演した映画について、感想や監督・共演者のことなどを書いていきます。

『森の石松鬼より恐い』

2006-08-02 07:52:16 | 森の石松・若き日の次郎長

 サービス精神満点の娯楽映画とは、こういう映画を呼ぶのだろう。錦之助の数多くの主演作の中で、これほどハチャメチャで楽しい作品は、ほかにない。この映画には、訴えるテーマも思想もない。人間や社会を描くのでもない。が、ともかく観ていて楽しい。それで良いのだ。観客を笑わせ、楽しませることだけを考え、アイデアを練り自由奔放に作った映画、つまり純然たる娯楽映画である。錦之助もカッコ良さをかなぐり捨て、観客へのサービスに徹している。気取ったり、オツにすましたりしないところ、それが錦之助の真骨頂でもある。この映画を見ずして、錦之助を語ることなかれ、と言いたい。よくぞここまでやってくれました!という感じなのである。
 この映画をビデオで観ると私はいつも、錦之助と沢島忠監督、脚本の小国英雄(共同執筆の鷹沢和善は沢島夫妻のペンネーム)、それに共演者とスタッフ全員に拍手を送ることにしている。(見終わると本当に拍手するんですよ!)錦之助ファンの私が常に思っていること、そして、錦之助の一面しか知らない方々に是非とも知ってもらいたいことは、喜劇役者としての錦之助もスゴイんだぞ、ということである。二枚目半ないし三枚目役を演じたときの錦之助、これがまた素晴らしく良いんです!(もちろん、二枚目役や真剣な役を演じても、錦之助は超一流で、他の俳優とは芸域の幅が違う、と私は確信している。)
 『森の石松鬼より恐い』(昭和35年)は、『家光と彦左と一心太助』(昭和36年、これも小国英雄脚本、沢島忠監督)と並び、錦之助の喜劇映画の代表作である。これほど元気が良く、ちょっと悪乗りしているのではないかと感じるほど乗りに乗った錦之助が見られる映画もザラにない。吹っ切れた演技とでも言おうか、この映画の錦之助を観ていると、演技かそれとも彼の地なのか分からなくなってくる。いや、演技の部分も地の部分も一緒くたにして観客にすべてを見せてしまおうという錦之助の並々ならぬ自信すら感じる。もう、余裕たっぷりなのだ。錦之助のセリフ回し、一挙手一投足に注目していただきたい。まさに見せる演技、人に見せることを意識した演技である。しかも、自由自在、縦横無尽、荒っぽささえ私は感じる。
 
 あらすじはここで書かないでおこう。ただし、この映画をご覧になる方は、清水の次郎長の話、とくに森の石松の金比羅代参のくだりくらいは知っておかなければなるまい。そうでないとこの作品の本当の面白さは分からないだろう。
 森の石松という役柄は、昭和30年代前半の錦之助の十八番。錦之助が石松を演じた三本の映画はどれも傑作である。『任侠清水港』(昭和32年、松田定次監督によるオールスター映画で、これが本筋)、『清水港の名物男・遠州森の石松』(昭和33年、マキノ雅弘監督一流のラヴ・ストリー)と続き、この『森の石松鬼より恐い』は三本目、錦之助の最後の石松である。錦之助の演じた石松はどれも違う。それぞれ見る価値があり、比較してみるのも一興であろう。讃岐の金比羅代参の帰り道、石松が閻魔堂のそばで都鳥一家の闇討ちに合うところは三本の映画すべてに含まれている。が、描き方がみな違う。『森の石松鬼より恐い』は、既成のストーリーを逆手に取って観客の意表を突いた破天荒な筋立てであり、ウイットに富んだパロディである。石松の金比羅代参は、夢の中の話という設定で、いわば劇中劇になっている。

 この映画の見どころを挙げておこう。
 一、現代劇の錦之助が見られる。チョンマゲをしていない普通の現代人になった錦之助が、この映画の初めと終わりに出てくる。石井(石松をもじって)という若手の舞台演出家の役である。共演者もほとんど全員、現代人と時代劇の人物の二役を演じている。丘さとみ、山形勲、進藤英太郎の現代シーンでの役柄が面白い。それぞれの役柄は、演出助手の岡田くん、電気屋と呼ばれる照明係、劇場の支配人。
 二、画面転換に用いられるギャグが秀逸で、大笑いしてしまう。拾った子供と石松が一緒に寝るくだりが最高!笑える場面はほかにもたくさんあるが、錦之助の石松が山形勲の次郎長親分から水をかけられ、仕返しに水をかけ返すところが面白い。山形が錦之助にかけた桶の水はちょっとハズレてしまったのに対し(わざとはずしたような気もする)、錦之助は大先輩山形に手加減せず、本気で頭の真上からザブンと水をかけている!
 三、錦ちゃんと丘チンの仲の良いコンビが、見ていてほほえましい。丘さとみの二役ぶりが可愛くてユーモラス。ただし、時代劇のおふみ役のカツラが似合っていなかった。
 四、この映画には鶴田浩二が出演している。錦之助と鶴田が共演した最初で最後の映画である。鶴田浩二は、出前持ちのすし屋の主人と小松村の七五郎の二役だったが、ちょっと冴えなかった。喜劇的な役柄を無理して演じているところがあり、わざとらしさを感じた。鶴田の女房役に大川恵子も出ていたが、彼女も生真面目すぎて、余裕がない。その点、丘さとみはツッコミとボケの両方ともうまく、錦之助の相手役ではこうした喜劇でも最適な女優だと思う。ほかの共演者では、千秋実がうまかった。田中春男は、相変わらず。
 五、この映画のクライマックスが大変良い。最後の場面が、私は大好きである。転換の鮮やかさといい、観ている者の胸が高鳴り、急に嬉しさがこみ上げてくる最高の終わり方だと思っている。




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2 コメント

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もう一本忘れちゃいませんか? (竜子)
2006-08-03 10:36:29
錦之助の喜劇映画として、「股旅三人やくざ」がありますよ。喜劇というとチョッと語弊がありますが。錦之助のユーモアのセンスが窺える貴重な一本ですね。

丘さとみさんとのコンビはどれも息が合って良いですね。きっと素顔の彼女とも気のおけない間柄だったのでしょうね。錦之助さんの肩に力が入ってないもの。

先日読んだ何かの雑誌の中で錦之助は丘さとみと結婚してたら、一番良かったのではないか、と書いてありましたが・・・これ背寒さまのブログだったかしら?それだったら失礼しました。
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確かに! (背寒)
2006-08-03 19:33:23
でも「股旅三人やくざ」はオムニバス映画だし、錦之助が出演した第三話だけが喜劇なんで、どうかなー?

第三話だけなら、喜劇として最高作にちがいありませんね。

錦之助さんが丘さとみと結婚していたら…といったことを私が書いた覚えはありません。丘さんのインタヴューを読む限り、ずっと錦之助ファンだったようですが、それで良かったのでは…。映画でたくさん素敵なツーショットを見せてくれたので、私はそれで満足しています。錦之助の相手役(女優)では、丘さとみ、佐久間良子、高千穂ひづるの三人ですね。みんな違ったタイプの女性ですが、錦之助が彼女達と共演している映画では、私はまるで主人公錦之助になったつもりでそれぞれに恋しています…。(女性とは映画の観方が違うでしょうね。)
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