錦之助ざんまい

時代劇のスーパースター中村錦之助(萬屋錦之介)の出演した映画について、感想や監督・共演者のことなどを書いていきます。

『花と龍』(その1)

2006-11-05 20:48:49 | 花と龍

 三十数年前、映画館で初めて『花と龍』を観たときに受けた痺れるような感動を、私は忘れることができない。玉井金五郎を演じた錦之助に男惚れし、マンを演じた佐久間良子に恋してしまったのだ。
 それ以来この映画をビデオで何度観たか分からない。が、錦之助の金五郎に惚れ、佐久間良子のマンに恋する私の気持ちはまったく変わらない。不思議なものだ。もちろん、錦之助が演じた素晴らしい主人公は、玉井金五郎のほかにも数え切れないほどたくさんある。佐久間良子も、美しさと悲しみをたたえた魅力的な役柄を数多く演じてきた。が、錦之助にしても佐久間良子にしても、相思相愛でこれほど心から互いに信頼しきった至福のヒーロー・ヒロインを演じたことは少なかったのではあるまいか。
 二人は、『独眼竜政宗』(昭和34年)で初共演している。錦之助は若き日の伊達政宗に扮し、佐久間良子は山家育ちの娘になり、清らかでかなわぬ恋を演じた。それは、実にさわやかで心に残るものだった。それ以来、二人は同じ東映に居ながら、すれ違いのまま、長い間共演することがなかった。それを私は残念に思っていた。錦之助は東映京都で時代劇を撮り、佐久間良子は東映東京で主に現代劇を撮り続けていたからだ。この二人の共演が再び実現したのは、なんと六年ぶりで、これが、火野葦平の名作『花と龍』だったのである。この映画は、娯楽時代劇でもなく、やくざ映画でもない。明治期の青春大河ロマンである。それがかえって二人にマッチしたと思う。この頃、佐久間良子は美しさの絶頂にあり、また演技派女優としても著しい成長をとげていた。一方、錦之助は『宮本武蔵』最終作を撮り終え、東映を辞める決意を固め、有終の美を飾ろうとしていた。この二人が満を持して共演したのだ。監督は、『関の弥太ッぺ』で新境地を開いた新進気鋭山下耕作である。素晴らしい映画が生まれる条件はそろっていたと言えるだろう。

 錦之助の玉井金五郎と佐久間良子のマンほど、たまらない魅力にあふれた男女を私は知らない。二人は最高のカップルであり、男と女の理想の姿でもある。ずっと私はそう思ってきたし、今でもそう思っている。そして、これからもずっと私にとって最高のカップルであり続けることは間違いない。これは、あくまでも私の心の中だけのことであるが、錦之助の玉井金五郎と佐久間良子のマンを見ていると私はこの上なく幸福な気持ちになることができる。何度見ても同じように幸福な気持ちになれるのは、どうしてなのだろうか。
 いちばん大きな理由は、言うまでもなく、私の最も好きな男優と私の最も好きな女優が、最も輝いていた頃に、これ以上ないほど息の合った共演をしているからである。この時の錦之助とこの時の佐久間良子が出会い、惚れ合い、夫婦になるという映画は、もう二度と作れない。その意味で、この映画は幸運であったし、かけがえのない宝になったとも言えよう。
 が、私がこの映画の中の二人を最高のカップルだと思う理由はそれだけではない。玉井金五郎とマンという主人公が人間的魅力に満ちていたからでもある。私はこの二人の生き方に共鳴し、感情移入し、互いに惹かれ合う二人を羨み、憧れさえ感じる。運命の赤い糸で繋がっていた、などと言うと陳腐に聞こえるかもしれないが、この二人の出会いと結びつきはまさにそれだった。
 時代は明治後期、日清戦争の勝利にわき立つ近代日本が大きく発展していく頃である。舞台は門司、下関の彦島、北九州の戸畑、若松と移っていく。物語の発端はこうである。松山のみかん畑で育った玉井金五郎と、広島の山奥で育った谷口マンが、それぞれ故郷を出奔し、石炭の荷揚げで賑わう門司港へやって来て、宿命的に出会う。金五郎は満州で一旗上げよう青雲の志に燃え、マンはブラジルに自由な新天地を求めている。若い二人は、大望を抱きながら、沖仲仕となって働き、好意を寄せ合う。裸一貫、運命は自分で切り開くものだという信念ももって、懸命に働く金五郎。因襲的な女の生き方に捉われず、世の中の荒波にもまれながらも前向きに生きていこうとするマン。この二人が心から信じ合い、力を貸し合って生きていく姿は感動的で、こよなく美しい。
 『花と龍』は、映画作品としても傑作である。だからこそ、錦之助と佐久間良子が輝いて見えるのである。そして、この映画は、私の知る限り、山下耕作監督の最高傑作だとも思っている。私は、山下耕作の『関の弥太ッペ』や『総長賭博』より『花と龍』の方を買う。『花と龍』は、原作の面白さに負うところも大きいが、映画として作品的な完成度が高いことも確かである。画面展開の小気味良さ、演出の間(ま)の取り方、ロマンチックな雰囲気、ユーモアの混ぜ方などが実に秀逸で、傑作の名にふさわしいものだったと思う。(つづく)