この世界の憂鬱と気紛れ

タイトルに深い意味はありません。スガシカオの歌に似たようなフレーズがあったかな。日々の雑事と趣味と偏見のブログです。

【くうきプロジェクト】に参加してきました。

2015-04-20 20:59:54 | 日常
 土曜日に【くうきプロジェクト】ワンコイン実験シアター『私を女優にしてください』を観に行ったことは書きましたが、観に行く前は【くうきプロジェクト】というのは劇団名だとばかり思っていたのですが、そうじゃなかったんですねぇ。
 【くうきプロジェクト】って毎月第三土曜日に福岡市立青年センターで開催されている総合イベントの総称でした。
 自分はま~ったく知らなかったのですが、既に100回以上開催されているそうです。
 100回以上開催するというのもスゴイですが、毎回毎回何かしら変わったイベントをするというのもスゴイですよねぇ(同じイベントもあります)。

 開催されているイベントの中から興味があるものにいくつか参加してきましたよ。


 まずは【紙ディジュワークショップ】。
 ディジュってのは何かというとディジュリデュのことです。
 といってもディジュリデュが何かわからないですよね。笑。
 ディジュリデュっていうのは世界最古の管楽器と言われる、オーストラリアの先住民アボリジニーが使う楽器のことです。
 それを紙で作っちゃおうというのが紙ディジュワークショップですね。
 で、出来たのがこれ。

   

 もっといろいろ彩色したかったのですが、時間のこともあり断念。
 とりあえずディジュリデュ特有の「ボォ~♪」という音は出せましたよ。
 講師の方からも「何か楽器をされているのですか?」と褒められちゃいました(まぁそれは初心者を取り込むための常套句だと思いますが)。
 褒められて悪い気はしなかったのですが、音程の出ない楽器を吹き続けるのは正直あまり楽しいとは思えませんでした。
 持って帰ったディジュリデュは楽器以外の目的で使用することになると思います。ゴメンなさい。


 その後、4Fに移動、コントラクトブリッジなるトランプゲームの教室を見学しました。
 が、ま~~~ったくルールが理解出来ませんでした。
 やっぱり自分にはトランプはドボンが一番性に合っている気がします。

 次に【五棋の会】というアナログゲーム好きな集まりに顔を出しました。
 なぜか唐突に三人麻雀をすることになったのですが、三人のうち一人が平和すら知らない完全な初心者でまともなゲームにはならなかったです。
 終局後、バックギャモンというゲームを教えてもらいました。

   

 バックギャモン、名前だけは知っていたのですが、すごろくの一種だったんですねぇ。コントラクトブリッジよりかは何となく面白さがわかりました。
 同じ会場で中将棋をしている人がいました。

   

 一般的に知られる将棋より駒の数がはるかに多いことはわかってもらえると思いますが、中将棋という以上大将棋がまたあるわけで…。
 大将棋、確か赤井秀和主演の映画『王手』の中で指されていたかなぁ…。


 そんなこんなで鴉が鳴く頃になったので、帰ることにしました。
 【くうきプロジェクト】は来月も行われるようなのでまた参加してもいいかなって思っています。
 来月の演劇は予約を忘れないようにしなくちゃね。
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くうきプロジェクトワンコイン実験シアター『私を女優にしてください』を観てきました。

2015-04-19 22:51:08 | 日常
 土曜日は映画を観終わった後、そのまま福岡市立青年センターまでくうきプロジェクトワンコイン実験シアター『私を女優にしてください』を観に行きました。
 この演劇のことは先月『サリン』という演劇を観に行った際に知りました。
 その『サリン』の観客が10人程度しかいなかったため、福岡のアングラ劇団の公演はこんなものなのだろうと思っていたのですが、舐めてましたね。
 『私を女優にしてください』、小学校の教室ぐらいの広さの劇場に40人ぐらいのお客さんがぎっしりと詰めかけてました。
 おかげで演劇鑑賞史上初の立ち見。20分前に『セッション』を観終わったばかりの自分には非常につらいミッションとなりました。

 劇そのものはそれなりに面白かったです。これで500円というなら非常に安いと思います。
 ストーリーはタイトルそのまんまで、女優を夢見る女の子のお話です。
 ただ、二人芝居なのですが、主人公の女の子以外のすべての登場人物を一人の役者さんが演じていて、途中でよくわからなくなりました。
 えーっと、、、結局女の子の唯一のファンは弟だった、というオチで合ってるんですかね?

 チラシを見てヒロインが割れた腹筋を見せつけるようなシーンがあるのかと思っていたのですが、それがなかったので残念でした。うん、期待する方が悪いか。

 もう一つ残念だったのは公演終了後、出演した二人の役者さんの挨拶などが特になかったことかな…。
 それがうちのやり方だと言われたらそれまでだけど、今まで観た演劇ではそれがあったからね。

 
 ワンコイン実験シアターは来月もあるみたいです。
 来月の公演はさらにお客さんが多そうなので、来月は予約して観に行こうと思っています。
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凄まじいとしかいえない『セッション』。

2015-04-18 21:21:53 | 新作映画
 デミアン・チャゼル監督、マイルズ・テラー主演、『セッション』、4/18、TOHOシネマズ天神にて鑑賞。2015年15本目。


 この映画、鑑賞するかどうか、ちょっと迷いました。
 なぜかというと、現在福岡で上映しているのがTOHOシネマズ天神しかなかったからです。
 この映画館で観るには1800円の鑑賞料金を払うか、溜まっていたポイントを使うかしかない。
 果たしてその価値があるのかどうか、、、迷った挙句観に行ったのですが、これが大正解。
 いやぁ、観に行った自分を褒めたいです。
 凄まじい映画でした。

 本作は音楽映画なのですが、自分は同時に教育についての映画だと思いましたよ。
 教師は生徒を正しい方向に導くためであれば、どんな手段を取ってもいいのかどうか?という選択肢を観る者に突き付ける映画ってことですね。
 常識のある人間であれば、その問いに「否」と答えるでしょう。
 目的が正しいからといって、どんな手段を取ってもいいということにはならない、と。
 その通りだと思います。それが常識というものですよね。
 
 しかし一方、常識の中で育てられた人間は常識的な才能しか有しない、というのもまた真理ではないでしょうか。
 真の天才を生み出すためには時に常軌を逸した指導も必要なのだ、という非常識な教育論がこの映画を観ると肯定されるようで、ある意味非常に恐ろしい映画でもあるんですよね。


 結局のところ、現実的なことを言えばすべてはバランスなのだと思います。
 現在の教育現場においては例え何があったとしても、とのような場合においても、教師は生徒に対して暴力を振るうべきではない、とされています。
 果たして本当にそうなのか?
 親は子どもに対して一切暴力を振るうべきではないのか?
 警官は犯罪者に対して一切暴力を振るうべきではないのか?
 答えは、「出来れば振るうべきではない。でも振るうべき時は振るうべきなのだ」だと自分は思います。
 我が子が弱い者いじめに加担していることが分かったとき、親が我が子の頬を張ることの何が問題だというのか?言葉で諭すだけですべては解決するのか?
 如何なるときであっても暴力を振るうべきではないというのは、理想であっても現実的ではない、と自分は考えます。
 もちろん自分は暴力によってすべてが解決するなどと考える暴力賛美主義ではありません。

 話がちょっとズレちゃいましたね。
 ただ、自分がこの映画を観て、そういうことも考えた、というのは事実なのです。
 本作は音楽映画なので、音楽好きな方にますお薦めしたいですが、同時に教育者の方にも観て欲しいと思います。
 いろいろ揺さぶられることがあるのではないでしょうか。


 お気に入り度は★★★★☆、お薦め度は★★★★☆は(★は五つで満点、☆は★の半分)。
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それはちょっとないだろうと思った『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』。

2015-04-17 23:00:27 | 新作映画
 アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督、マイケル・キートン主演、『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』、Tジョイ久留米でのレイトショーにて鑑賞。2015年14本目。


 最近はレイトショーでの鑑賞が続いています。『幕が上がる』、『イミテーション・ゲーム エニグマのと天才数学者の秘密』、『ソロモンの偽証 後篇・裁判』、そして今作と四作連続のレイトショー鑑賞です。
 レイトショーのメリットは何といっても鑑賞料金が安いということが挙げられますが(通常料金より500円安い)、楽だということもあります。鑑賞後、後は家に帰って寝るだけですからね。楽でいいです。
 一方デメリットはというと、いや、それをデメリットと呼んでいいものかどうかわかりかねるのですが、一人での映画鑑賞は孤独に苛まされることでしょうか。
 もちろん昼間に映画を一人で観ることも多いのですが、レイトショーを友人と観に行くことがないですからね。
 一人で映画を観ることに抵抗はないし、嫌いでもないですが、この先永遠に映画を一人で観に行くのだろうかと思うと耐えがたいものがあります…。

 さて、気を取り直して本作のレビューです。

 本作のストーリー自体はごくシンプルです。
 かつて『バードマン』というヒーローものの映画で人気を博したリーガン・トムソンが、二十年の時が経ち、再起を賭け、ブロードウェイの演劇に挑戦しようとする、というお話です。
 ストーリーはごくシンプルなのですが、解釈は二通りあります。
 いくつかのレビューでは解釈は観る者の自由だというようなことが書かれているのですが、そうであったとしてもどのように解釈したかはきちんと述べるべきだろうと思うので、書きます。
 二通りの解釈というのは主人公のリーガンは果たして超能力を有するのか否か、です。
 冒頭リーマンは某新興宗教の教祖様の如く空中浮遊をします。
 じゃあ彼は超能力が使える俳優なのだろうと思うとそれは早合点で、彼のもう一つの人格である「バードマン」が彼に見せる心象風景なのです。
 その証拠に彼が超能力を使うシーンはすべて彼一人しかおらず、例外的に空中を自在に飛行するシーンも実はただタクシーに乗っていた(さらに無賃乗車した)というオチがつきます。
 なのでラストシーンで唐突にリーガンが本当に空を飛ぶはずもなく、娘のサムが見せた笑顔も父親が木にでも引っ掛かっているところを見つけた安堵の表情なのでしょう(実際父親が空を飛んでいるところを目の当りにしたらあんな笑顔を見せるはずもないので)。

 ただ、どちらの解釈をしたとしても作品から受ける印象はあまり変わらないです。
 この作品が描きたいのは、再起を賭けた一人の男の、人々に認められたいという狂気なのだと思うのですが、正直それが上手くいっているとは思えないのです。
 なぜリーガンが公演初日のラストに実弾の入った拳銃を用いたのか、それはわからないではないですが(共演のマイクにプレビューで用いた模擬銃をダメ出しされたから)、だからといって唐突に本物の拳銃を楽屋の棚から取り出すというのは、本当にちょっと唐突過ぎて自分は観ていて冷めました。
 ああいう展開にするのであれば、普段からリーガンが拳銃を持ち歩いているというような前振りか、上手い具合に拳銃を手に入れたというエピソードが必要だと思うんですけどね…。
 観ていて冷めたといえばラストシーンもそうで、自殺を試みた(と思われる)患者の病室の窓が自由に開け閉めできるというのもないだろうと思いました。

 主人公が超能力を持つこと以上に、後半ちょっとありえないなと思うシーンが続くので、映像は確かにすごいし、俳優の演技やキャスティングも文句のつけようはないけど、最終的に作品そのものの評価はあまり高くはないですね。
 自分だったら『イミテーション・ゲーム エニグマのと天才数学者の秘密』か、もしくは『セッション』に票を投じただろうと思います。


 お気に入り度は★★★☆、お薦め度は★★★☆は(★は五つで満点、☆は★の半分)。
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折り紙で正七角形を折ってみました。

2015-04-16 22:39:11 | 折り紙・ペーパークラフト
 昨日折った正五角形はやはり微妙に正五角形ではなかったようです。
 正五角形の小銭入れを教えてくれたarigoziraさんが計算で角度を求めて、そのことを教えてくれました。
 正五角形であれば本来頂点の角度が108度になるはずが、108,43494...度だそうです。
 いや~、自分もそれぐらいズレてるんじゃないかと思っていましたよ!(嘘つけ)

 まぁでもどうせだったら正確な正五角形を折ってみたいなと思って、こちらのサイトを参考に折ってみましたよ。
 完成したのがこちら。


   


 頂点の角度が108度の完璧な正五角形、、、のはずだったんですが、実際折ってみるとどうしてもズレが生じて、昨日の正五角形よりはマシだな、ぐらいのものしか出来ませんでした。丁寧に折ったつもりだったんですが…。とほほ。


 もしかしたら、この記事を読んでいる方の中に、正五角形なんてコンパスと分度器と定規があれば誰でも作図できるんだから、苦労して折り紙で折らなくてもいいんじゃないの?と思う人もいるかもしれません。
 まぁ確かにその通りかもしれません。自分は道具を使わずに作図することにロマンを感じるんですけどね。

 では、もしコンパスと分度器と定規を用いて作図することの出来ない図形だったらどうでしょう?
 それが実は正七角形なのです。
 正七角形は道具を用いて作図することが出来ないのだそうです。
 理由は、、、近くに大学の数学科の教授が住んでいたらその人に聞いてください(投げやりだな)。
 その正七角形にこちらのサイトを参考にしてチャレンジしてみましたよ。
 書いてあることの八割方は「何のことやら、お奉行様」って感じだったのですが、ともかく完成させました。
 それがこちら。


   


 正五角形を折るのもそれなりに苦労しましたが、それとは比較にならないぐらい難しかったです。
 しかも完成させたものはどうも参考図のものと比べてズレてるっぽい…。
 ・・・・・・・。
 ドンマイ♪

 我こそは!というチャレンジャー精神旺盛な方は正五角形と正七角形を折り紙で折ってみては如何でょうか。
 難しいですけど、面白いことは面白かったですよ。
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折り紙で正五角形を折ってみました。

2015-04-15 21:47:31 | 折り紙・ペーパークラフト
 先日、津屋崎での昼食の折り、食事が出てくるまでにarigoziraさんから折り紙で正五角形の小銭入れの折り方を習いました。


   


 画像左、緑色の方です。
 ちょっとした小銭を渡す際、茶封筒に入れるよりかは気が利いていると思います。
 折り方も非常に簡単です。

 その隣の青色の方はそれをアレンジしたもの。星形が表に来るようにしてみました。一部白い面が表に来たのは残念ですが…。

 ただ、人から習ったものにこんなことを言うのもなんですが、この小銭入れ、微妙に正五角形ではないような気がするのです。
 理由としてはまず、直感ですかねぇ。
 あまりにも折り方が簡単なんですよ。
 ネットで【折り紙 正五角形 折り方】などで検索するといくつかのサイトがヒットします。
 そこで紹介されている正五角形の折り方は結構難しいのです。少なくともarigoziraさんに教えてもらった折り方よりは。
 他の折り方は難しいのに、こんな簡単な折り方で正確な正五角形が折れるのだろうか?と疑問に思ってしまうのです。

 理由その2。実際折ってみたものが微妙に正五角形ではない。
 実際折ってみたものが正五角形でないなら、その作品は最初から正五角形ではないのでは?と思われる方もいるかもしれませんが、必ずしもそうではないのです。
 完成した作品が正五角形でないのは自分の腕の問題かもしれないし、折り紙が元々正方形ではないからかもしれません。
 市販の折り紙は結構裁断が雑で、特に100円ショップなどで売られているものはまず正方形ではありません(普通の作品を折るのに問題になる誤差ではないです)。

 なので、最終的にこの作品が正五角形なのかどうかを確かめるには角度を計算によって求めるしかないのですが、悲しいかな、そこまでの数学の知識はないんですよね。

 誰か計算してくれないかなぁ。
 気になって、夜もクマちゃんのぬいぐるみがないと眠れないよ…(寝ろよ!)。
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全体的に雑な作りに思えた『ソロモンの偽証 後篇・裁判』。

2015-04-14 21:54:47 | 新作映画
 宮部みゆき原作、成島出監督、藤野涼子主演、『ソロモンの偽証 後篇・裁判』、4/11、イオンシネマ筑紫野にて鑑賞。2015年13本目。


 前夜に続いてのレイトショー鑑賞です。たぶん今週もその可能性が高い。笑。
 
 『ソロモンの偽証 前篇・事件』を観て、ずいぶん雑な演出だなぁと思ったんですよね。
 どこら辺が雑だと思ったのかというと、例えば、不良学生である大出が樹理に暴力を振るうシーンですね。
 不良学生が女生徒に暴力を振るうはずがない!というつもりはないんです。
 でもあんな人目につくような場所で、樹理に馬乗りになってボコボコに殴りつけるというのはさすがにないと思います。
 誰かに通報されて、警察沙汰になる可能性が大ですからね。
 ただ、なぜあのシーンが必要だったかはわかります。
 あんな人目のつくような場所であったからこそ、涼子と卓也はその暴力を同時に目撃したのですからね。
 これが校舎裏とかだったらこうは上手くはいかないはずです。
 一事が万事こんな感じで、演出意図はわかるが、考えてみるとかなり不自然なシーンが続出する、『ソロモンの偽証 前篇・事件』は自分的に評価の低い作品でした。

 それなのになぜ後篇も観に行こうかと思ったかというと、それはやっぱりどんなオチなのか気になったからなのですが、ぶっちゃけ前篇に輪をかけて雑な作りの作品に思えましたね。

 いろいろと「それはちょっと…」と思うことがありました。
 中学生が校内裁判を起こすこと自体はないことではないと思いますが、中学生が起こした私的な裁判に警察が協力することはあり得ないと思います。それを言っては実も蓋もないかもしれませんが…。

 その協力的な刑事の佐々木が、裁判の中で屋上に続く扉の鍵はドライバーのようなものでこじ開けられていた、と証言します。
 で、そのドライバーのようなものが何だったのか、なぜ現場から消えていたのか、そういった謎は結局作品の中では放りっぱなしなんですよね。

 それから前篇での、大出の実家の火事は実は保険金目当ての父親の自作自演の放火だったことが明かされます。
 う~~~ん、、、前篇で大出の実家の材木問屋が経営に行き詰まっていた、というような前振りがないと、いきなり放火だった!といわれてもなぁ。

 本作にはありえないぐらい性格が嫌な奴が男子一人、女子一人登場します。
 女子はそれが大出から暴力を振るわれていた樹理なのですが、彼女には松子という親友がいます。
 樹理と松子は親友同士(という設定)なのですが、なぜ二人が親友になったのか、親友になってからのエピソードが一切ないので、なぜ松子はこうまで樹理に懐いているのか、ひたすら不思議でなりません。

 まったく同じことが男子の嫌な奴にも言えて、彼にはやはり親友がいるのですが、なぜ二人が親友なのか、観ていてまったくわかりませんでした。原作には書いてあるんですかね?(読む気はまったくありませんが)

 あと、本作がなぜ『ソロモンの偽証』などという大仰なタイトルなのかもわかりませんでした。
 ソロモンってイスラエルの国王であり、動物の声を聴くことが出来ると言われる指輪の持ち主であるソロモンのことですよねぇ?そのソロモンとこの作品がどう関係するのか、作品の中でも特に言及されなかったのでこれまたまったくわかりませんでした。原作にはさすがに書いてあるのでしょうが…。

 こんな感じで、本作を高く評価する気にはまったくなれません。宮部みゆき原作の映画はもう観なくていいかなって思いました。


 お気に入り度は★★☆、お薦め度は★★☆は(★は五つで満点、☆は★の半分)。
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閉店プレセールで大人買い。

2015-04-13 21:18:55 | 漫画・アニメ
 駅前のショッピングセンターにツタヤが出来るまでちょくちょく利用していたレンタルショップが5/6で閉店するそうです。
 とうとう来るべき日が来たなぁという感じですね。
 いつ来てもお客さんは少ないし、レンタル料金もツタヤに比べて安くないし(在庫数が圧倒的に少なく、料金も安くないなら、そりゃツタヤの方を利用するよね)、同じチェーンの久留米店もしばらく前に閉店したし、いつ閉店になっても不思議はない、死臭漂う店ではあったんですよ。
 しかし、いざ閉店となるとちょっと困る、、、いやそれほど困らないかな。この店でDVDを最後に借りたのって、相当前のことだしね。
 さすがに市役所近くのゲオまでつぶれると困るけど。

 レンタルショップの閉店は寂寞の感がありますが、同時に不謹慎ながらワクワク感もあります。
 なぜかというと中古DVDを格安で手に入れられるチャンスでもあるからです。
 店員さんに聞いたら、今のところ閉店セールをする予定はないとのこと、、、でも実際には閉店“プレ”セールといった感じで、アニメや韓流ドラマのDVDが処分価格で販売されていました。
 その中から「これは!?」と目についたものを購入しました。


 まずは『バビル二世』のDVD、vo.1~5。

   

 横山光輝が描いた原作の『バビル二世』は自分が生まれて初めて買った、というか買ってもらった漫画です(二番目が『ドラえもん』)。
 当然アニメも見ているはずなのですが、あまり記憶に残ってなくて、内容を再確認しようと思って買いました。
 それはいいんですが、テレビシリーズは全39話で、vol.5には33話までしか収録されていません。
 つまり最終巻であるvol.6が抜けてるんです。
 何で最終巻だけ抜けるかなぁ、、、まぁそれが如何にも中古DVDらしいといえばそうなんですけれど。


 次に買ったのが『魍魎の匣』のDVD。
 
   

 評判は前から耳にしていたのですが、なかなかレンタルで置いてあるところが見つからなくて、まさか閉店するレンタルショップでお目にかかれるとは思ってもいませんでした。
 ちなみにこのアニメの新品のDVDをアマゾンで購入しようと思ったら、4/13現在、第四巻が¥4725、第五巻が¥4338します。


 あと一つ、湯浅政明監督の『ケモノヅメ』というアニメのDVDも購入しました。

   

 同じ監督の『四畳半神話大系』が非常に面白かったので、これも見てみようという気になりました。
 ちなみにこのアニメのDVDボックスをアマゾンで購入しようと思ったら、何と¥31946します。プレミア価格ですね。


 さて、この日自分は結局16枚のDVDを購入したわけですが、さて、購入総額はいくらだったでしょう?
 答えはwebで!!
 って引っ張るほどのネタではないですね。
 16枚のDVDの購入総額は¥1600でした。うん、安いね。笑。

 まぁ本当に安いかどうかは実際見てみないことにはわからないんですけどね。安物買いの銭失いになる可能性も無きにしも非ずだし、、、まぁ1枚¥100ならそれでもいっか。

 閉店するまでの間、週末はこのお店に通い続けるつもりです。
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【ドローンフェスティバルin基山】に行ってきました。

2015-04-12 22:41:56 | 日常
 土曜日は【ドローンフェスティバルin基山】に行ってきました。
 
 皆さんは「ドローン」って知っていますか?
 そう、お金を持ち逃げすることですね(A.違います)。

 自分は「ドローン」という言葉の響きから、なぜかロボットを思い浮かべるのですが、まぁそれは「クローン」と「ドロイド」がごっちゃになっているんだと思います。

 ドローンというのは本来無人航空機のことを指すのですが、現在では四枚(以上)の羽根を持つマルチコプターがイメージされるようです。
 そのドローンの展示会が土曜日にあったのですが、場所がビックリ基山ですよ。家から車で十分、いや五分ぐらいでしょうか。
 そんな家の近くであるイベントなので、町興しの一環で行われる、ごくごく小規模なイベントなのかと思っていたのですが、実際行ってみてまたビックリ。
 結構本格的なイベントでしたねぇ。講師も本場アメリカから来ているみたいだし。まぁ何を言っているのかさっぱりでしたけど。笑。

 少し遅れたのですが、上手い具合に体験フライトもすることができました。


   


 こんな感じ。あ、断っておきますが、操縦する用のタブレットを手に持っているのは自分ではないですからね。撮影しているのが自分です。

 自分はドローンって通常のラジコンと同じようにコントローラーがあるのかと思っていたのですが、タブレットで操縦するのが一般的なのだそうです。
 う、、、今ガラケーを使っている自分にはさらにハードルが高いってことね。

 体験フライトでは危うく大惨事を起こすところでした。笑。
 死者が出なくて幸いでした。

 体験フライトはあっという間に終わり、見るものもこれといってなく、自分の専門外だったということもあり、三十分程度しか会場にはいなかったのですが、これまで見たことのないものを見れて、そして操縦したことのないものを操縦出来て満足はしました。

 
 そうそう、自分はこのイベントのことを前日にツイッターでつぶやいたんですよね。でも誰からも反応がなくて、そのときはまぁ仕方ないな、ドローンなんてあまりみんな興味がないのだろうと思ったのですが、実は知人が二人来ていたらしくて…。
 時間帯はズレていたようなのですが、来るなら来るって一言ぐらい言ってくれてもいいようなものなのに、あらためて自分がリアルでは嫌われてるってことがよくわかりました。んがんぐ。
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評判通りの面白さだった『イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密』。

2015-04-11 23:45:08 | 新作映画
 ベネディクト・カンバーバッチ主演、モルテン・ティルドゥム監督、『イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密』、4/10、Tジョイ久留米にて鑑賞。2015年12本目。


 ブログの概要に「日々の雑事と趣味と偏見のブログ」とある通り、自分は偏見の持ち主です。さらにいえば差別主義者でもあります。
 普段はそれを表に出さないように気を付けていますが(気をつけてこれかよ!と言われそうですが)。

 4/1の記事で「嘘をつくこと自体が悪いのではない。(ついて)悪い嘘と善い嘘があるだけなのだ。」というようなことを書きました。
 同じようなことは偏見や差別についても言えると思います。
 本当に偏見を持つのはいけないことなのでしょうか?
 そして差別をするのは良くないことなのか?
 自分は決してそうは思わないのです。

 よく「差別をするのは良くない」って言いますよね。
 自分はこの言葉は正しくないと思うのです。より正確には不完全である。
 正しくは「“いわれのない”差別をするのは良くない」と言うべきだと思うのです。
 この場合の“いわれのない”とは何の“いわれがない”のかというと、言うまでもなく、「本人が責任を取る」“いわれのない”ということです。
 自らの自由意思で選択していない事柄に関して本人の責任を追及するのは酷であるってことですよね。
 自らの自由意思で選択していない事柄というのは何かというと、例えば、肌の色であり、性別であり、生まれた環境であり、つまりは自分自身では選びようがないことですよ。

 これに対し、「本人が責任を取る“いわれがある”」事柄は何かというと、自らの自由意思で選んだすべての事柄です。自らが選択した結果について責任を取るのはごく当然のことです。

 いわれのない差別、いわれのある差別、すべてをごっちゃにして「差別をするのは良くない」と言っている人は、差別について深く考えたことがないのだと思います。もしくは差別というものがよくわかっていないか。

 所詮私たち人間は不完全な存在なのです。すべての対象に対して平等に接する、ということは不可能です。対象Aと対象Bに対して扱いに差があるのはごく当然のことです。
 大切なのは、差別をする際に、自分の中できちんと差別をする理由が存在するか否か、だと思います。
 これといった理由がないのに差別する、気分がむしゃくしゃしていたので差別する、いわれがないとわかっているのに差別する、これらはすべてよくない。
 極端な話、溺れている子どもが二人いて、一人が我が子であれば、一つしかない浮き輪を我が子に投げるのはごく当然の選択です。その選択は責められるべきではない。その差別は正当だったといっていい。仮にもう一人の子供が溺れ死んだとしても、です。
 

 前置きがずいぶん長くなってしまいました(いつものことですが)。
 自分はあまり表立っては言いませんが、同性愛に対して不寛容な立場を取ります。
 自分なりの理由はあります。長くなるので割愛しますが、見た目が気持ち悪いからとか、気に入らないからとか、そんなどうでもいい理由からではありません。
 また不寛容な立場を取るといっても別段同性愛者を迫害しようとか、排斥しようとかいうことは考えていません。
 
 なぜそのことを表だって言わないのかというと、世の同性愛者からバッシングをされるのを恐れているから、ではありません。
 それをまったく恐れないかというとそんなことはないのですが、自分がより恐れるのは今、ブログに良くコメントをしてくださる方の中に同性愛者がいた場合です。
 別にこの人は同性愛者だろうなどといった確証があるわけではないのです。ただ、コメントをしてくださる人すべてのプロフィールを把握しているわけでもないですから。
 自分が同性愛に対して不寛容であると公言することで、誰かが来てくれなくなるのは非常に困るのです。

 それなのになぜ敢えて公言するかというと、それを明らかにすることなしに自分はこの映画のことを語れないからです。我ながら不器用だと思わないでもありません。

 この映画には様々な形の愛が登場します。
 例えば少年アランのクリストファーに対する初恋。
 クリストファーもアランのことを無二の存在と思っているにもかかわらず、彼に対して持病の結核のことは一言も口にしないのです。
 そんなことってあり得るのだろうかって自分は疑問に思います。
 でもあり得るのでしょうね。自分には理解し難いというだけで。

 また、暗号解析チームの仲間であるジョーンのアランへの愛。正確にはそれを愛と呼んでいいものかどうかわからないのですが、ジョーンはアランが同性愛者であることを薄々気づきながら、つまり自分のことを本当には愛してくれてないことを知りながら、アランに生涯のパートナーになることを提案するのです。
 この愛もまた自分にはとても不可解なものでした。

 そして、アランの、クリストファーへの、生涯をかけて誓った無垢の愛。
 これはもう誰にも理解出来ないといってもいいのではないのでしょうか。
 結果的にアランはそのために命を落とすことになったのですから(直接の死因は自殺ですが)。

 自分は愛というものを「自らの命よりも何かを大切に思うこと」だと定義しています。
 定義はすれど、実のところそれがどういったものなのか理解出来ていません。
 そのことをこの映画を観て再確認しました。
 いつか少しでもわかればいい、そう思います。


 お気に入り度は★★★★、お薦め度は★★★★は五つで満点、☆は★の半分)。
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