ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート 日野行介著 「福島原発事故 県民健康管理調査の闇」 岩波新書 (2013年9月 )

2014年06月08日 | 書評
福島原発事故の放射線被ばく健康管理調査で、福島県と専門家の仕組んだストーリー作り 第3回

序(その3)
 アカデミック(大学と国立研究所)のなかで、長崎大学と広島大学の医学部や放射線医学研究所は原爆の影響を研究する特別な位置を占めている。世間の人は普通そこの研究者は放射線影響を重く見る人だと思うだろう。しかし実態は政府の意向を反映し低線量被ばくをほとんど無視する人たちばかりで占められている。そこで参考までにジャーナリストが福島原発事故について著した 広川隆一著 「福島 原発と人々」(岩波新書 2011年8月)に福島原発事故に対するアカデミックの反応を記録しているので紹介する。
・ 2013年3月25日  福島県放射線健康リスク管理アドバイザーの高村昇長崎大学教授が飯館村で講演会を開き、「マスクや手洗いの注意事項を守れば健康に害なく村で生活できます」
・ 2013年4月15日  長瀧重信長崎大学教授(元放射線健康影響研究所理事長)佐々木康人アイソトープ協会常務理事(前放射線医学総合研究所理事長)の二人が「首相ホームページ」に、「チェルノブイリ事故と比較して福島第1原発事故は心配するほどではない」という見解を発表した。長瀧教授らは死亡や健康被害に放射線との因果関係がないと断定しているが、ガンと放射線との因果関係を立証することは本来困難である事を逆手に取って因果関係を認めないという態度を固持したまでの事である。
・ 2013年6月17日  日本学術会議の金澤一郎会長はに妙なリスク論を述べた。「基準によって防止できる被害と、他方で防止策をとることによる不利益を勘案してリスクが最も小さくなる防御の基準を立てること」だという。つまり職業のために避難したくない人は被爆を甘受すべきだという。そして「年間1ミリシーベルトの基準を守ると、住民は全員避難しなければならないので、普通の生活を望む人は適当な判断が必要だ」というリスク・ベネフィット論を展開した。
・ 「放射線による健康被害はなかった」、「ガンや遺伝的影響の発生率が上昇するとは考えられない」、「このデーターからは子供の白血病、甲状腺がんの顕著な増加は証明されない」、「食料品の規制は過剰であった」この結論は1991年のIAEA国際諮問委員会チェルノブイリ事故調査報告書である。この「結論」を福島第1原発事故の政府筋の見解の基にしたいようだ。このときの日本代表は広島の放射線影響研究所理事長の重松逸郎氏であった。この調査報告はチェルノブイリ原発事故の健康被害を完全に否定しており、国際的な研究者から激しい非難を受けた。日本の放射線影響分野研究を牛耳っているのは、広島の放射線影響研究所理事長の重松逸郎氏とその後任となった長瀧重信長崎大学教授であり、長瀧教授の弟子筋に当たるのが山下俊一長崎大学教授であり、高村昇長崎大学教授は山下氏と同僚である。重松逸郎氏や長瀧教授が理事長を務めた放射線影響研究所とは、占領時に米軍が広島・長崎原爆の効果と影響を調べるために作ったABCC機関が前身となっている。もともと核兵器推進派の作った悪魔の研究所というべきで、原爆症患者をモルモット扱いにすると非難された研究所である。東大医学部と広島放影研と長崎大学の学派は、核兵器・原発推進派と考えられ、核を規制するのではなく推進する立場から国民を「指導」するらしい。だから彼らは「安全だ」としか言わない。
 本文に入る前に、「県民健康管理調査検討委員会」をめぐる主な出来事をメモ程度に時系列にまとめた表を掲げる。「真実は細部にある」ので、この順にことこまかに出来事を追ってゆこう。本文の内容について前後関係の事実誤認がないように、この表をいつも参照しながら読んでいきたい。いきなり背後の政治的意図を憶測しても、空振りに終わる。事実の解きほぐしが重要で、新聞記者の取材とはこういうことかと分かる。そういえば日米沖縄返還交渉の密約、核密約を暴いて矮小な罪に問われた西山事件も毎日新聞記者だった。現在での新聞記者の公的機関への取材方法(武器)は「情報公開」とインタビューである。本書は「県民健康管理調査」という、きわめて行政的で専門職の強いイベントであるので、まさか隠された政治的意図があるようには思わないだろう。しかし権力はこの福島原発事故という大失策を、ソ連を崩壊に導いたチェルノブイリ事故(ゴルバチョフ回顧録より)と同等に捉え、この検証記録が未来永劫に残るものだという認識で、放射線被ばくの住民への健康影響をできる限りなかったことに抑え込みたいという意図を持っていたらどうだろうか。それはさらに将来起きるであろう「福島原発事故被爆者認定と補償」訴訟に備えて、「原爆被爆者認定と補償」や「水俣病認定と補償」と同様に裁判で切り捨てる唯一の資料として活用されるだろう。だからほかの機関の介入を防ぎ、動転狼狽していた中央官庁の不作為の隙間をぬって、福島県を叱咤激励して健康被害記録を書き上げる必要があった。そこまで考えると、本書は「県民健康管理調査」という行政措置の齟齬を言い立てるだけではなく、権力の闇にまで迫る書になるかもしれない。まさに「真実は細部にあり」である。

(つづく)


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