トルコのトピックス

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イスタンブルのアメリカ領事館に潜入した男を警察が拘束

2017年07月14日 | 国内
7月15日 14日、警察は、イスタンブルのアメリカ領事館に潜入した男を拘束しました。

 Hurriyet

中央アジア出身のこの男は領事館の塀を乗り越えて庭に飛び降りましたが、治安部隊がすぐに警報を鳴らしました。その後、警察が男を拘束しました。男は武器は持っておらず、道に迷ったと言っています。アメリカ領事館は、この事件後、在住アメリカ市民に緊急メッセージを出しました。

「トルコ当局とアメリカ領事館治安職員が、事件後、警戒に当たっている。アメリカ市民は、アメリカ領事館とその周辺に近寄らないよう勧告する」というメッセージが出されました。「駐トルコ・アメリカ大使館・領事館は、アメリカ市民に、事件が起こったら、まず家族と連絡をとるよう要請する。安全プランをチェックし、連絡を確実にし、周囲の出来事など、身辺に注意し、ニュースをよく聴くこと。高度の警戒を維持し、身の安全のために、適切に身を処すこと」と、メッセージは言っています。


リゾ-ト地アンタリヤは今年、75万人のウクライナ人ツーリストを期待

今年は地中海岸のリゾート地アンタリヤに、75万人以上のウクライナ人ツーリストが訪れることが期待されます。

 Hurriyet
ウクライナ人ツーリストが増えた地中海リゾート、アンタリヤ


今年の上半期、ウクライナからの訪問客数が増えつづけていると、アンタリヤ県のミュニル・カラルオール知事は言っています。カラルオール知事は7月12日、ウクライナのジャーナリスト・グループに、2017年上半期、アンタリヤを訪れたウクライナ人ツーリスト数は、昨年同期に比して45%増加し、25万3000人に達したと語りました。

カラルオール知事は「2016年、トルコを訪れたウクライナ人は100万人で、その中の55%が滞在地としてアンタリヤを選んだ。今年は75万人になるだろう」と言いました。知事はまた、アンタリヤには、美しい海のほかに、考古学的遺跡もあるし、スポーツで健康ツアーも楽しめると言っています。トルコ・ホテル協会によると、昨年はトルコからも、15万人のツーリストがウクライナを訪れたそうです。


クーデターの夜、ボスフォラス橋にいた容疑者たちに終身刑求刑

昨年の未遂クーデターのとき、「7月15日殉教者の橋」の上で起こった事件の審査が完了し、検察は143人の容疑者全員に重終身刑を求刑しました。

 Hurriyet
クーデター後、ボスフォラス橋は“殉教者の橋”と名を改めました


2人の警官を含む34人が、クーデターに参加した兵士たちによって封鎖された橋の上で殺害されました。未遂クーデターは在米説教師フェトフラー・ギュレンの信奉者たちが組織したと、ひろく信じられています。殉教者の橋は、クーデター前は“ボスフォラス橋”と呼ばれていました。

イスタンブル主任検事事務所の「テロ・組織犯罪調査局」のヒクメト・パク検事とビュレント・バシャル検事が用意した起訴状によると、逮捕されている135人の容疑者たちは、「トルコ国会を崩壊させるか、業務を妨害しようとした」「トルコ共和国政府を崩壊させるか、業務を妨害しようとした」「憲法上の秩序を崩壊しようとした」「国際的殺人をしようとした」として告発されました。

起訴状は、「7月15日の最初の殺害は橋の上で起こった。戦車に乗ったクーデター側の兵士たちが、7月16日午前12時40分頃、発砲しはじめた」と言っています。防犯カメラの映像は起訴状にも使われました。映像は7月15日午後9時45分から、兵士たちが道路を封鎖したことを示していました。午前2時45分頃、人々がヨーロッパ側から橋のほうへ歩いていく姿も捕えていました。

カメラは、さらに、アフメト・タシュタン少佐が、クーデター側の兵士たちに、市民に発砲するよう命じている姿も写していました。トゥルガイ・オデミシュ中佐もその場にいました。カメラによると、クーデター側の兵士たちは、午前6時35分に発砲し、市民が兵士たちに向かって歩いていくところで記録は止まっています。


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「ギュレンとの戦いは終わったと言うのは、まだ早い」ユルドゥルム首相

2017年07月14日 | 国内
月14日 ユルドゥルム首相が「フェトフラリスト・テロリスト組織(FETO)との戦いは終わったと言うのはまだ早すぎる」と警告し、FETOの完全な構造はまだわかっていないと言いました。

Hurriyet
新聞編集長との会合。中央がユルドゥルム首相


「この問題はもう終わったと言うのは、まだ早すぎる。FETO関連の容疑者たちの裁判は、まだつづいている。裁判でいろいろなことが出てきて、新しい展開が起こるかもしれない。その可能性を軽視すべきではない」と、ユルドゥルム首相は、7月13日、イスタンブルで、新聞編集長との会合で言いました。「現象の大きさ、不透明な構造、複雑な関係などの要因を考えれば、驚くべき展開が起こるかもしれない」われわれはその可能性を軽視すべきではない」

「新たなクーデターの可能性について尋ねられたユルドゥルム首相は、「それはあり得ない。しかし、もし、昨年同様の狂人や愚か者がやろうとしたら、その代償はさらに厳しくなるだろう」と言いました。


アレクサンドロスが征服した古代都市サガラッソスの発掘再開

南部ブルドゥル県アーラスン地区の古代都市サガラッソスの発掘と修復作業が再開しました。古文書によると、サガラッソスの歴史は、アレクサンドロス大王に征服されたBC33年にさかのぼります。

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この都市は、ローマ時代、5つの重要な陶器の生産センターのひとつでした。今年は、多くの国からの90人のチームが、これからの3か月間、発掘現場で作業します。メフメト・アキフ・エルソイ大学の専門家チームが、学術的・技術的支援を行います。発掘チーム隊長のジェレオン・ポブロム教授は、古代アゴラはほとんど発掘されるだろうと言っています。

ベルギーのルーヴァン・カトリック大学が主導するトルコ人と外国人のチームが、何年間もサガラッソスの発掘を行ってきました。チームが発掘した美術品の中には、マルカス・アウレリウス帝とハドリアヌス帝の、高さ5メートルもの彫像があります。その他、この古代都市で出土した重要な美術品の中には、踊る少女のフリーズ(小壁)や、勝利の女神ニケ、ディオニソス、メネシス、アスクレピオ、クロニスの像もあります。

タウルス山の斜面で発見されたサガラッソスは、ローマ時代、ピシディラ州の州都でした。古代都市はユネスコの世界遺産の候補になっています。


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「7月15日を国のターニングポイントとして記念する」エルドアン大統領

2017年07月14日 | 国内
7月13日 「2016年7月15日の未遂クーデター以後、すべてが変わった」と、エルドアン大統領は、昨年の未遂クーデターの1周年を記念する催事で言いました。

 Hurriyet

「クーデターはトルコの歴史に置いて、重要なターニングポイントになった。7月15日はトルコ共和国のための日になった」と、エルドアン大統領は、7月13日、大統領府で言いました。このイベントは、クーデターの1周年を記念して1週間行われる催事のひとつです。

「7月15日のテロリストの攻撃で、われわれは死ぬか生きるかの経験をした」と大統領は言いました。エルドーアン大統領はクーデターを打倒したことの歴史的重要性を、1919年の独立戦争前に行われたガリポリ戦になぞらえ、記念行事を行うことの重要性を力説しました。

「われわれはいま、その中にいるから、この重要性を認識していないかもしれないが、われわれはいま、未来の世代に非常に重要な遺産を残しているところだ。われわれにとって、7月15日が意味することは、未来の世代がよりよく理解してくれるだろう」とエルドアン大統領は言いました。

大統領は“民主主義監視の日”に市民が参加するよう呼びかけました。「私はここに民主主義監視を宣言する。トルコ中で、7月15日は深夜まで1日中、民主主義監視がつづくだろう。民主主義監視は、7月16日朝13時に始まり、特別の礼拝が行われ、17日の早朝までつづく。24時間よりは長くはない」と大統領は言いました。

「トルコ81県の市民の皆さん、それぞれの市や県が指定したエリアの民主主義監視に参加してください」と大統領は言いました。「7月15日を記憶するために、今後も民主主義監視をつづけていくことが重要だ」


イスタンブル警察がPKKの爆弾テロ計画者らを拘束

2016年、イスタンブルで起こった2件の大テロ事件の計画者たちを、警察が拘束しました。

 Hurriyet
2016年12月、ヴォダフォン・スタジアム近くでPKKの爆弾テロがあった。


対テロ作戦では44人が拘束されましたが、その中には、昨年のベシクタシュとヴェズネジレルで起こった爆弾テロを計画した者たちもいたと、7月13日、イスタンブルのヴァシプ・シャヒン知事が語りました。

「拘束された1人は、ベシクタシュのテロを企画し、最後の瞬間に、爆弾を積んだ車から逃げて行方をくらませた男だったことが、取り調べで明らかになった。もう1人は、ヴェズネジレルで、兵士たちが乗った車が攻撃された事件の企画者だった」と、シャヒン知事が13日の記者会見で語りました。作戦は国家情報局〈MIT〉の協力の下に行われたそうです。

知事の記者会見は、イスタンブル警察のムスタファ・チャルシュカン署長と共同で行われました。作戦はイスタンブルの13の地区と、北西部コジャエリ県、首都アンカラ、南東部ディヤルバクルとハッカリで行われたと、シャヒン知事は言いました。捜索中に多くの武器や爆発物、書類も押収されました。「対テロ作戦のおかげで、イスタンブルは、いくつかの大きなテロを免れたと、われわれは思っている。治安部隊は今後も、同じスピードと決意をもって対テロ作戦をつづける」と知事は言いました。

2016年12月10日、イスタンブルのヴォダフォン・スタジアムのそばで爆弾テロがあり、警官30人と市民8人がなくなった事件がありました。2016年6月7日のヴェズネジレルの爆弾テロでは、警官6人と市民5人が犠牲になりました。2件の攻撃は非合法組織クルド労働者党(PKK)によるものです。


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