私はこのたび 中隊長として皆さんの大事な息子さんを預ることになりましたが、
まことに申訳がないのは、その息子さん方に満足なものを着せ、
充分なものを食べさせてやることができないことです。
特に兵舎はごらんのように粗末なものです。
隙間風も入れば、寝台も酷いものです。
それもこれもすべて大蔵大臣がわれわれの要求する軍事予算をとおしてくれないからです。
皆さん、息子さんを可愛いいと思ったら、
どうか大蔵大臣に文句をいって軍事予算を増額させて下さい。
われわれはいつ満洲へ行くかわかりません。
命を捨てる覚悟で戦場に行く青年を、もっと大切にしてやろうではありませんか。
山口一太郎
昭和十一年一月十日
初年兵の入隊式に於いて、見送りの父兄に向って行った
歩兵第一聯隊の第七中隊長の山口一太郎大尉の
大演説の一部である
・
赤坂歩兵第壱聯隊第七中隊長 山口一太郎大尉は、
青年将校間の中核的存在として知られているが、
十日 中隊の壮丁見送りの父兄に對し、
壮丁入營後における訓練等に関して約一時間にわたり挨拶を述べる
そのうち第二項 「 精神的後援について 」 のもとにおいて、
国體明徴問題に論及し
「 國體明徴に関して何等誠意なき現内閣や
皇軍を国民の怨府たらしめようとする高橋蔵相の如き
私は憎みても余りあるのであります。
しかるに これ等内閣の権威は未だ地に堕ちず
相當の根強さを持ってをりますために、
雑誌その他これ等を謳歌するやうな記事が載り
或は皆様や子弟の中にも
かかる御考への方がありはしないかと心配してをります・・云々 」
( ・・謄写版刷りによる )
さらに高橋蔵相の陸軍予算八百萬円追加問題にも触れ、
型を破ったこの挨拶は参集者を一驚せしめた。
謄写印刷は任意持帰らせしめたので
参会後 会衆は三々五々この挨拶を中心として、
現場取締りの憲兵はこの状況を上司に報告、
これが成行に関して慎重なる態度で注視している。