嶋津隆文オフィシャルブログ

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極東裁判の被告と重なって見えた国立プロ市民たち

2011年04月28日 | Weblog

写真:市ヶ谷のかつての極東軍事裁判の法廷

一昨日の4月26日の午後3時、東京高裁の825号室のドアを開けて、私は思わず立ち止りました。居並ぶ国立市のプロ市民と言われるメンバーの虚ろな表情が、終戦後に開かれた極東軍事裁判の被告らの表情と、二重写しになって目に入ってきたからです。

「大東亜光栄圏」のスローガンと同様、「景観を守る」という美名のもとに展開されたのが国立景観「戦争」です。市民同士を争わせ、後付けの立法でマンション業者を「非国民」のように攻撃し、弁護士費用を湯水のように使って「戦争」に突入していった国立のプロ市民たち。ルールを無視して暴走した軍部と二重写しになるのは否めません。

市民を扇動し続けた上原公子前市長と、その行動を支えた石原一子景観全国ネット代表、桐朋の某事務員ら。総体としての彼らの行動が市に3200万円の損害を与えたと地裁で判示され、その支払いがまさに決定されようとしているのです。そのメンバーの表情が虚ろになるのも当然です。

しかし法を犯せば、報いを受けなくてはならないのは世の道理です。

それなのに彼女たちの意向を受けたのでしょうか、一昨日、関口博市長は国立市役所で記者会見を開いています。そして言いました。「(新しい市長には)裁判が続けられるように、控訴を取り下げないよう求めます」(朝日新聞)と。

市長選挙のあいだ中、上原前市長は関口陣営の選挙カーのマイクでこう絶叫していました。「私は佐藤一夫のことをよく知っています。何故なら私の部下だったからです。だから分かるのです、彼は何も決められない男なのです!」。直接、耳にした人も多いでしょう。

こう口汚く攻撃していた当の「何も決められない」佐藤一夫新市長に、一転して控訴を下げないことを「決めて欲しい」と求めたのです。語るに落ちるとは、まさにこういう所作を称するのです。

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めでたい、いやぁめでたい、国立市長選の勝利

2011年04月25日 | Weblog

写真:何とか復活したい国立駅三角駅舎

やっと国立が普通のまちになる。やっと国立が異形のまちではなくなる。こう気持ちよく呟ける、爽快な今朝の目覚めでした。

 佐藤一夫(自、公、み)14,937
 関口 博(ネット)  11,404
 小沢靖子(共産)   4,943

昨日行われた国立市長選の結果です。

ちなみに前回の私の時は以下のとおりです。

 関口 博(共産、ネット)14,707
 嶋津隆文(自、公)   13,701
 山下容子(無)     4,268

保守中道が1000票余のアップです。

これは住基ネットの切断という違法状態にNOを突き付けた市民の判断でしょう。他方で現市長は3000票を減少させています。これは迷走するばかりで実績を何も残せなかった市政への批判といえます。

しかし前回与党であった共産は独自候補を立て、その票がご覧のように5000票弱です。関口の減少分は単にこの共産票が減っただけとも考えられます。他方で関口を批判しても保守には入れたくないという人たちの存在の多さが推測されます。

即ち、もし共産党が現市長に三行半を突き付けていないとすれば、今回も保守中道は勝てなかったのです。そう考えると、改めて国立というまちの病みの深さを知るというものです。保守と革新がそれぞれもつ病巣をいかに縮小していくか。

まだまだこのまちのは課題があり、勝った、勝ったとはしゃぐのは時期尚早かも知れません。

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東北の被災地で聞いた「国立はおかしい!」の声

2011年04月21日 | Weblog

写真 津波で散乱させられた宮古市役所

地方統一選挙まであと3日、ほかならぬ国立市の市長選も最終戦です。佐藤かずお選挙事務所に立ち寄ってみますと、明るいグリーンのジャンバーをまとった若いスタッフたちがあわただしく働いていました。

共産党が、背信した現職の関口博市長に三下り半を突き付け、与党を分裂させたこともあって、保守陣営に風が吹いていると言われています。しかし選挙事務所の中は決してそうではなく、緊張感でピリピリしていました。「絶対に今回は負けられない」との逼迫感がみちていたのです。

そんな中で、あるスタッフがこう言いました。「何としても市民のために住基ネットをつなげたいんです」。そう語気を強めた彼は、聞くとちょうど一昨日、東北の被災地に行って帰ってきたばかりでした。

「東北では『住基ネットが被災地を救った』、そうある役所が言っていました。津波でシステムも壊れ、戸籍簿も住民票も流された。住民の身元を確認するものがなくなってしまった。でも、住基ネットの情報は県のホストコンピュータに保存されていたのです。これで、なんとか被災の住民の確認ができた。その点、住基ネットを切っている国立市では、災害が起きたらどうするのか。おかしい! そう心配されましたよ。」

現国立市長は、市民の生活を本当は案じてはおらず、自分の思想の遊具のように住基ネット切断をしている。スタッフはそういって関口市政に憤っていたのです。

加えて、災害が発生すれば市が一丸となって対応しなければならないのに、トップ職の副市長も教育長も一年以上も不在。住民との連携も薄く、住民の自治体加入率は35%と三多摩で最低。こうした関口市政には危機管理能力のない実態に、彼が憤然とするのもよくわかるというものです。

この現職に市長職を継続させるなんてことは、もうあってはならないことなのです。


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ハハ、住基ネット切断で年間1300万円浮くとか

2011年04月16日 | Weblog

写真:どこぞの市役所の窓口風景

 

市長選はいよいよ明日、告示です。読売の今朝の朝刊は、国立市長選の争点を住基ネットとしました。まあ、全国1750の自治体のうちの2自治体だけ、しかも関口現市長は「国家は悪」という思想上の観点から切断しているのですから、国立の投票結果に関心が向くというものです。

そんなことから現市長の選挙ビラを見ていると、「住基ネット切断でリース料など1300万円~2000万円浮く」と喧伝していました。まったく都合のよい一面的なキャンペーンに、思わずハハと笑ってしまいました。

普通に考えても見ましょう。年金受給手続きのため、市民はその都度役所に行かねばなりません。パスポート手続きに際しても住民票を取りに足を運ばねばなりません。e-Taxでの税控除5000円も受けられません。この市民の時間的経費的コストは大きいのです。

役所の方で掛かるコストもそうです。年金手続者への個別対応やパスポートでの住民票の交付など、市役所職員が動員されています。仮にその人数を2人としましょう。市職員の平均賃金は750万円ですから、人件費だけで年間1500万円になるのです。

総務省はこの3月、住基ネット接続による費用効果を再計算して公表しました。それによると全国ベースで、コスト130億円に対し年間効果が510億円になるとしています。効果が費用の4倍です。

裁判所で違法とされ、市議会からも接続の決議が再三出され、ネット切断に固執するのが苦しくなった現市長です。溺れる者、藁をもすがるとコストに目を付けたのでしょうが、失笑ものです。

一説では、上原公子前市長は後任の現市長に、「いい、あなた、住基ネットは絶対に繋いではダメよ。あなたのウリはこれしかないんだからね!」と言い迫ったと聞きます。こうした政治的手法のツールとして、市民の利便性を保つシステムが利用されるとしたら、市民は泣くに泣けないというものです。

 


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統一地方選で浮かび上がるパーフォーマンスの罪

2011年04月12日 | Weblog

写真:「東日本大震災での自衛隊の救助活動」

石原慎太郎知事が261万票で、東国原(169万票)、わたなべ(101万票)を破って4選です。当たり前とはいえ、東京のため、まずは一安心というものです。

しかしそうは言っても東国原の169万票という数字には驚かされました。20代の有権者では石原票を超えていたと、NHK出口調査は言っています。改めてバラエティ番組などのテレビに乗っている人物の優位さを知らされます。そうすると青島幸男、横山ノックなどの忘れかけていたタレントの面々が思い起こされ、苦い思いにとらわれるというものです。

そんななかで注目するのは、名古屋の河村市長(「減税日本」)と大村愛知県知事(「日本一愛知の会」)の地域政党の低迷です。県議の過半数など簡単にとれるとしていたはずが、ブレーキがかかりました。ドラマ仕立てのような派手な「減税10%」パーフォーマンスも、東日本大震災のような惨事を突き付けられ、さすがの愛知県人もコトの重大さに気付き始めたようです。

政府の被災地支援や自衛隊の献身ぶりをみて、行政というものが持つ役割が再認識されたといってよいでしょう。浮かれて減税なんかを一方的に言っている事態ではない。人々はそう感じ、新たな行動をとったに違いありません。

ところで一方的と言えば、例の国立市で、「国民保護計画」をつくる論議があった平成16年に、「地域が自衛隊に支配される」とこれを拒否した女性市長がいました。有事や災害に巻き込まれた時の住民の命よりも、「国家は悪」「自衛隊は暴力装置」の喧伝パーフォーマンスを優先したのです。この悪質さに比べると、名古屋の河村喧伝など可愛いものといってよいかも知れません。


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若い人から入学式で改めてエネルギーをもらう

2011年04月04日 | Weblog

写真:「若い新入生は新芽と2重写しとなる」

昨日の3日(日)は、松蔭大学の入学式。森の里の桜は未だつぼみのままでしたが、確実に春を感じる一日といえるものでした。

朝、キャンパスにつくと、もう大勢の新入生たちが両親とともに、日の丸の並ぶ校門を通り、校舎への坂を上っておりました。式は国歌斉唱の後、新入生一人一人の呼称、学長の挨拶、新入生代表挨拶などと続き、とどこおりなく終了したのがお昼頃です。

毎年、恒例に従って繰り返される風景です。しかしそれにもかかわらず、わくわくするような感動が湧いてくるのはどうしたことでしょう。

一つに間違いなく自分の老いとの相関で、新しい生命の息吹に生物的に反応するようになってきたからでしょう。

それはそれとして、若い学生達の会話や笑顔を見て、ああ、この若者たちの将来を確かなものにしてあげねばならない。そんな教員としての使命感のような感情が湧いてきます。不思議なものです。

あたり前の行事に、しかし思いのほか、教員の醍醐味と責任をしみじみ感じさせられる、そんな一日でありました。若い人のエネルギーは、確実に伝播するようです。有難いものです。


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