嶋津隆文オフィシャルブログ

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車を運転する傍に常にいた田端義夫さん、逝く

2013年04月26日 | Weblog


歌手の田端義夫さんの訃報がニュースに流れました。94歳ですから大正8年生まれでしょうか。これで大正昭和がまたひとつ消えてしまいました。寂しいものです。

それにしても私にとって田端義夫は、大正・昭和というより常に今の人であり、もっとも身近に存在する歌手でした。というのも、私の車でのCDもカセットも、その主軸はここ30数年、田端義夫であったからです。

一般的な「かえり船」や「大利根月夜」にとどまりません。車を運転しながら聞くのは、常に「梅と兵隊」であり「19の春」であり「肩で風切るマドロスさん」であったのです。

あのしみじみとした歌声と歌詞が、何と疲れた気持ちを癒してくれたものでしょう。復員する兵隊たちが、「かえり船」を耳にしてみな涙したと伝えられるもの、十分理解できるというものです。

一ヶ月前、初孫が生まれました。携帯の待受け画面に入れたそのつぶらな瞳を食い入るように見て過ごす昨日今日です。しかし新しい生命が生まれるということは、古い生命が去るということです。そうつくづく思わされる今日の訃報です。

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中日新聞に載りました「評伝・山本雄二郎」

2013年04月20日 | Weblog

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セックスを隠さない若い世代と「恥の文化」

2013年04月15日 | Weblog

写真:「R.ベネディクト著」

何年か前、援助交際が世相の一端となっていた頃、警視庁の生活安全課のメンバーと、渋谷のアダルトの店に足を運んだことがありました。女子高生たちが唾尿をつけて下着を売る現場を確認するものでした。

そこで何よりも驚かされたのは、人目を避けるようにやってくる中年の男どもの薄ら寒い後姿ではありません。店内で控える数人の女子高生たちの物おじすることのない明るさでした。自分の下着を買う客の到来を待つのに、店の隅っこに隠れているわけでなく時に笑い声さえ挙げて屯っていたのです。

「身体を売っている訳でもないのに、何が悪いの!」。こううそぶく女子高生たちの対応に、警視庁のメンバーの絶望的な表情が今でも忘れられません。

しかしこうした倫理の崩壊は、帰って来た愛知の地でも同様のようです。

終戦直後、米国の女性社会学者ルース・ベネディクトはその著書『菊と刀』で、日本人が有するのは「恥の文化」と指摘しました。あれから半世紀。いま日本の若者は、セックスさえ隠蔽の対象から外し始めているのです。

家庭での躾の崩壊。社会の基本的ルールの瓦解。久しいこと培われてきたはずの日本人の伝統的な躾やきめ細やかな生活文化が、急激にその深淵の部分で融解しているのです。私たち戦後日本人は教育において、どうやらとても大きな過ちを犯してしまってきたのではないでしょうか。


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「山口百恵? あっ祐のお母さんでしょ」

2013年04月11日 | Weblog

写真:「山口百恵ラストコンサート」より

半世紀ぶりの故郷での生活が始まって10日。もっともこれ迄も月一回は東京から帰省していました。それだけに違和感はなかったはずなのに、時代は変わっていました。例えばこんなことです。

学校長やPTAの役員の紹介を受けるとき、その人の名前が殆ど分かりません。ところがその際、○○さんの息子さんですとか、××さんの家の嫁さんですと言われると分かるのです。何のことはない、○○、××が私の知人、友人であり、しかしそれは親世代であり、一世代前のこととなっていたのです。

すると以前、松蔭大学の授業でこんなやりとりのあったことを思い出しました。
「私の家は国立の界隈で、近所には山口百恵ちゃんがいるんだよ」
こう私が言うと、学生たちはざわつきました。
「えっ山口百恵って誰?」「うん、知らないけど」「誰? 誰?」
すると続いてある学生がこう発したのです。
「何だ、山口百恵を知らないの? 祐(祐太朗)のお母さんでしょ」

これには私がびっくりです。「祐」を私が知らなかったのです。何と若い世代には、百恵ちゃんが既に過去の人物になっていたのです。まさに時の移ろいを痛感させる出来事というものでした。


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再出発は伊良湖ビューホテルのリニューアルと共に

2013年04月05日 | Weblog

写真:「伊良湖岬の恋路が浜」

田原市の庁舎で教育長就任の辞令をうけ三日経ちました。庁内はもちろんのこと、地元や周辺自治体への挨拶回りで文字通り目の回るような忙しさです。

しかし会う人会う人が新鮮で、また中高時代の知人友人もひどく懐かしく、故郷と言いながらやはり半世紀近くが歳月の流れていることを実感する毎日です。

上の写真は私の生家のすぐ近くの伊良湖岬の恋路が浜であり、山頂に位置するのは伊良湖ビューホテルです。ちょうど私が上京する年に新築工事が始まり、したがって帰郷する度に、この空撮の風景が故郷そのものとして私の中に沁みこんでいるものです。

そのビューホテルが大リニューアルされ、4月3日に披露パーティが開かれました。その式に喜んで参加したのも、まさに自分と同じく半世紀の歳月を経て、新たにスタートしようとする姿に大きな親近感を持ったからに外なりません。

このホテルは渥美半島のシンボルであり、また間違いなく地域振興の上でも中心軸の一つです。この地で、そんな存在に近い活動をしたいものと、少年のように海を見つめてみる昨日今日です。


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花に嵐のたとえもあるさ さよならだけが人生だ

2013年04月01日 | Weblog

写真:「国立市HPより」

明日は東京を発ちます。東京を発って故郷の渥美半島・田原市へ向かいます。18歳の春に上京して、47年ぶりのことです。ちょっとした決意であり、感慨がないと言えば嘘になります。

ふと井伏鱒二の訳した一節が口に出ます。ご存じ唐詩の一節です。

花に嵐のたとえもあるさ さよならだけが人生だ

花發多風雨 (花發けば風雨多く)
人生足別離 (人生別離足る)

しかし今の自分は誰にもさようならを言う訳でもありません。それにしても一抹の寂しさが湧いてきます。一抹? そんな浅薄な感情レベルでは、この名訳と言われる井伏の世界に浸ることはおこがましい。そう難じられることでしょう。そこで寺山修司の次の言葉を掲げることで、何とかバランスをとることにいたします。

さよならだけが人生ならば また来る春は何だろう  

そうそう、昨日と同じ今日があり、今日と同じ明日が来るのです。事大主義に陥らず、さあ深呼吸して、いざ出発することといたします。


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