嶋津隆文オフィシャルブログ

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届いた『石原慎太郎 お別れの会』のご案内

2022年05月11日 | Weblog


連休の明けた5月10日、一通の白い封書が自宅の郵便受けに届けられました。

「  石原慎太郎 儀
  令和4年2月1日 89歳にて永眠いたしました
  ここに生前のご厚誼を深謝し謹んでご通知申し上げます
  また同年3月8日 長年連れ添った妻 典子も84歳にて永眠いたしました
  つきましては「お別れの会」を左記のとおり開催いたしますので
  ご多忙中 誠に恐縮ながらご来臨賜りますよう ご案内申し上げます
  令和4年5月

  日時  令和4年6月9日(木曜日) 10時~11時
  会場  セルリアンタワー東急ホテル 地下2階「ボールルーム」 」


そして石原4兄弟の名前が並びます。
形式的と言えば形式的と言える案内状です。
しかし文字通り夫のあとを追うように僅か1カ月で逝かれた典子夫人を記した1行に、その1行に改めて涙するというものです。


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「この公園の樹を切ると祟りがあります」

2022年04月04日 | Weblog


 NHKの「鎌倉殿の13人」に触発されたこともあって、30年ぶりに鎌倉を訪れ、ゆっくり春の一日を堪能しました。
 長谷寺から大仏へと巡りながら、ふと思い出して鎌倉文学館に足を向けました。というのはこの近くの公園で、30年前に地域研究の仲間と一緒に思わず声を上げた発見があったからです。茂った樹木に取り囲まれたその小さな公園の一角には、なんと、こんな立札が立っていたのです。 
「この公園の樹を切ると祟りがあります。鎌倉市教育委員会」
 
 いやあ驚きました。「祟りがあると伝わっています」といった柔らかな伝聞表現ではないのです。きっぱり「祟りがあります」と言い切り、しかも「鎌倉市教育委員会」と明記。爆笑しました。大らかな良い時代です。残念なことに今回向かったその公園は、場所さえ分かりませんでしたが。

 突然ですが昨日今日、国立市で「表現の不自由展」が開催され騒然としています。反日感情を醸成し住民間の対立を招く、こうした企画を拒めなかった行政。ここにははっきり、「祟りがあります」と立札を立てたいものです。


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弥生3月は別れの季節というけれど…。

2022年03月08日 | Weblog


どっさりと積み上げられたハサミの数々。
ここは福島県の檜枝岐(ひのえまた)村の「橋場のばんば」のお堂。縁切りの聖地としてマスコミに流れて有名になり、昨今は供え物のハサミが異様な山をつくっています。イヤそれ以上に驚かされるのが、お堂の傍らに吊るされた絵馬の祈願文です。

別れたいという思いから二つに割られた絵馬は、よく見ると何とも壮絶な文言が並びます。
「会社の後輩の〇〇とその母との悪縁を切りたいです」
「クソみたいな男達と出会いませんように、素敵な出会いがおとずれますように」 
「息子の××と今付き合っている女は…」
〇〇や××はもちろん実名。祈願者も当然のように実名が書かれます。いかに深い憎悪に駆り立てられてここを訪れたものかと、その迫力にしばし立ち竦んでしまうというものです。

弥生3月は別れの季節というけれど人生は様々。桜のような美しい散り方もある一方、血反吐を吐く別れもあるのです。


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石原慎太郎知事から寄せられた帯書き

2022年02月07日 | Weblog


石原慎太郎知事が逝ってしまいました。89歳。
思い通りの人生を過ごされたと妬みつつも、思わず涙してしまったものです。

役人時代、10年もの上司と部下の関係であれば、いくつもの印象深い出来事があるのは当然です。しかしここではひとつだけ、作家としての石原知事の、柔らかい気遣いを感謝を込めて記しておきます。

上の冊子は、10年ほど前に都庁を辞め、大学の教員になったころに上梓した一冊。
ふるさと愛知県伊良湖岬で、久しく村長職にあった祖父の生涯を、戦前の地域史として執筆したものです。『明治の日本人と地方自治―伊良湖岬村長物語』(公職研)。

原稿を書き終え、さあ誰に推薦をお願いしようかと考えた時、石原知事以外は思いつきません。都庁に直談判に伺いました。すると何と二つ返事だったのです。
「そう、あなたのおじいさんお話ですか。分かった。で、何を書いたらいいか、下書きをくれよ、一晩考えてくるから」。
その時の、ニヤッと言う笑顔が忘れられません。そして翌日受け取ったのが、写真の帯書きなのです。


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謹んで新春のお喜びを申し上げます。

2022年01月05日 | Weblog


 昨年暮れ、講演を頼まれ丹後半島を訪れる機会を得ました。その浦島伝説の舞台で、不意に思いつかされたことがありました。そうなんだ、もう人生の収束を準備しなければならない、間違いなくその齢になったんだと。

 下河辺淳、梅棹忠夫、手塚治虫、黒川紀章・若尾文子、竹村健唐十郎、高橋惠子・伴明夫妻、江戸っ子芸者喜春さん、そして鈴木俊一、石原慎太郎。奇しくも縁を持てたこうした人たちとの出会いは私にとっては玉手箱。

 今年で齢も70半ば。この玉手箱に詰まる、とっておきの生エピソードを、昭和・平成の時代分析とともに書き残すのも乙ではないか。今年はそんな一冊を上梓したい。そう気負う、寅年新春の朝というものです。


令和4年元旦


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