私めの地域活動の一端をご笑覧ください。
2019年5月24日
西立川駅に隣接する料亭「無門庵」にドイツの友人家族を招いたことがある。日本料理もさることながら彼が身を乗り出して関心を示したのは、この料亭と立川の歴史に話が及んだ時である。戦前に将校用の宿としてオープン。暫くして特攻兵の家族との離別の場となる。戦後は駐留米軍の懇親の場に代わる。しかもその後立川飛行場が昭和記念公園となり、今日ではその公園帰りの家族が立ち寄る団らんの場となる。その話に彼はこう声をあげたのだ。
「えっ何ということ!ここは日本の近現代史の舞台そのものではないですか」。
歴史と文化はその地の宝物である。確かに立川にとって戦争という苦い思いは深い。しかし日本の近現代をつくってきた歴史の舞台に、多くの人は高い関心を持つ。おりしも今年は「令和」という改元の年。しかも立川飛行場の開設100年が直前である。もし歴史を観光資源と考えるとすれば、立川は実に大きな観光のポテンシャルを持つと言える。
もっともその歴史ある「無門庵」が何とは先月14日に閉店となった。時がたつ、歴史が消えるというのは何とも切ないものである。今年度から立川市の観光計画審議会の委員になった自分にとって、この辺りの視点は常に主張していきたいものである。