嶋津隆文オフィシャルブログ

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藤森照信さんちのタンポポハウスとタンポポ

2010年03月29日 | Weblog

写真:「タンポポハウス全景」本人撮影

この日曜は春風にさそわれて、国分寺界隈を散策し、ふと思い立って、藤森照信さんの家に足を伸ばしました。いや、お邪魔したのでなく、タンポポハウスの屋根のタンポポがその後どうなったのかなと、ちょっと気になったからです。

写真をご覧ください。建築探偵団の中心メンバーで、建築史を教える東大教授である藤森さんの自宅です。名にしおうタンポポハウスです(参考:『タンポポハウスができるまで』朝日新聞社)。この地に姿を見せて15年余。建物と自然との「共生」でなく、自然によって「寄生」される建築というのが彼の設計イメージだとされます。

過日、藤森夫妻らと食事をした折、「屋根のタンポポはもうすっかり飛んで行ってしまって、残ってないんです」、と苦笑した美知子夫人の言葉が頭に残っていました。一年草のタンポポは風に吹かれて飛んでいけば、それっきりなのです。「またまた集めて植えるのも水をやるのも面倒なので、もうそのままですよ」と。

果たして、通りの外から眺めてみると、やはりタンポポの姿はありません。しかしこうした「粗雑さ」を是とするところに、藤森さん及びファミリーの魅力があると言えるのでしょう。ちょっといい気分に浸っての、春風駘蕩の一日でした。あっそうそう、春風駘蕩と言えば、藤森さんのキャラそのものが春風駘蕩と言ってよいかも知れません(笑)。


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名古屋市長のボランティア主義は著しく危険

2010年03月25日 | Weblog

写真:「名古屋城」

名古屋市はお城が炎上しそうな程にもめています。市議会議員の定数の半減、報酬の半減という過激な市長提案を、議会が否決したからです。河村たかし市長の注目度は、その劇画的な言動において、鹿児島阿久根市の竹原信一市長とほとんど同様でしょう。

支出削減のめども示さずに、10%の市民税の減税をおこなう無責任さもさることながら、政治家は本来的にただで働けばよいとの、市長のボランティア至上主義には大きな危険性を感じない訳にはいきません。貧乏人は市議になるなということだからです。

自治体の議員は、その報酬を不要とするほど皆がカネ持ちではありません。生活もしなくてはなりません。活動費もかかります。1000人に手紙を出すだけで郵便切手代が8万円かかるのです。河村論に従えば、鳩山家のような資産を持つ家系か、日教組から巨額な寄付金を受けられる人でないと市議にはなれないということです。

ここで一例をあげておきます。明治21年に政府は町村制を施行するにあたり、首長はや議員らは「名誉職」であり、無給であってよいと決めました。公職に就くものはボランティアでなくてはならないとしたものです。しかしこれはすぐに失敗します。

こんな資料が残っています。「愛知郡島野村(現在の名古屋市天白区)は戸数220、人口1094人の村であったが、同村には無給で村長を引き受けようとする人物は存在しなかった。本業の農業に専念しなければ一家の維持が困難であったからである」(愛知県史)。

河村市長は、一方で中学校区を単位にした地域委員会を提唱しています。市議会の代わりにボランティア委員を地域が選び、そこで予算を決めていくというものです。人口225万人の巨大都市で、無数に近いこの委員会の、地域間の調整は誰がやれると言うのでしょう。しかも住民主義幻想に立っての、上から官製での住民組織が機能することは極めて困難です。

戦後、多くの首長がこうした押し付け制度を思いついて実行し、地域を混乱させ、そして辞めていきました。名古屋市長には、パーフォーマンスばかりに時間を浪費せず、地方自治の歴史を少しは学んだ上で行動してほしいものです。


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金沢八景、金沢文庫のまちおこしに注目する

2010年03月19日 | Weblog

写真:「復元された伊藤博文の別邸」

一昨日、横浜は金沢文庫、金沢八景の地を訪れました。なかなか行く機会のなかった景勝地ですが、友人の石井洋一金沢区長からの招聘で足を運びました。大いに楽しみに出かけたものです。そして結果は期待したとおりでした。

風光明媚な野島からの海の風景もさることながら、源の頼朝の建てた瀬戸神社、北条政子の造った琵琶島神社、伊藤博文の別邸など、鎌倉から近代にいたる旧跡を擁していたことに驚かされました。まるで日本史そのものの舞台といってよく、こうした地域性を殆ど知らなかった自分の不明を恥じ入ったものでした。

そんな金沢区で、何よりも触発されたプロジェクトがありました。一昨年から金沢区が、地元と一緒になって進めている「マイタウン金沢八景」プロジェクトです。金沢の魅力を知る住民と、商店街、そして大学(横浜市立大学、関東学院大学)が力を合わせ、魅力的なまちをつくっていこうとの取り組みです。

キーワードは「大学」です。「大学のある金沢のまち」をキャッチコピーに、若い学生達の勢いと、点在する幾つもの歴史遺産を取り入れて、知的イメージアップによるまちおこしを計ろうとするものです。八景島シーパラダイスへ通過するだけの観光客の足とめ、授業が終われば散って行ってしまう学生たちを根付かせようとの算段です。

この日は、石井金沢区長らに案内されて、このプロジェクトの活動拠点を訪れました。八景の駅から一分の建物の2階にあるこの拠点は、「さわさわ」と名付けられています。
①金沢の「沢」②爽やかの「爽」③海や山の音「さわざわ」の3つを取り込んだとのことでした。

内装は学生たちの手作りですよ、と楽しそうに説明してくれたのは、中心メンバーのシティガイド協会の宮崎一雄理事長です。こじんまりとした一室ですが、これからまちの元気を何としても作り出していくぞとの気迫が漂い、快い緊張感を味わわされたものでした。

金沢区は、このPTを地域経済元気づくり事業として位置付け、一定の財政的支援を行っています。しかしいつまでも行政の支援が続くものでもありません。そうした経費負担の今後の工夫を含め、この金沢八景の試みは新鮮で、大いに関心をそそるものでした。


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大先輩、山本雄二郎さんを追悼する

2010年03月13日 | Weblog

山本雄二郎さんの追悼文が先日の読売新聞に掲載されました。
 
もっとも尊敬していたふるさとの先輩であり、早稲田の先輩であります。誕生日も同じという奇縁もあって、コトのほか、私の面倒を見てくれた恩人です。
 
多くの人にこの先輩の活動を、とりわけ国家的にもっともキツイ仕事とされた、成田空港問題の収拾に専念した功績を知ってほしくて、ここに掲載します。
 
週明けの3月15日(月)には、東京プリンスでお別れ会があり、当然出席します。


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新政権の「地域主権」には魂が入っていない

2010年03月06日 | Weblog

写真:「移転先が迷走する普天間基地」

「父さんのブログは硬くて、長くて、理屈っぽくて、読むのは大変だよ」。こう娘に言われながら、今日のブログもその域を出ないようです(笑)。

昨日、鳩山政権は「地域主権」改革法案を閣議決定しました。国と地方の関係を上下から対等にすること目し、国と地方の代表者が「地方自治に影響を及ぼす国の政策の企画・立案・実施について協議する」場を作ろうというものです。

「地域主権」は民主党のマニュフェストで謳われたようですが、以前から多くの自治体の首長が口にして来ており、政治指標としては大いに歓迎されるべきものです。地域のことは地域が決める。国のひもつき事業に翻弄されない。こう欲している自治体にとって、当然の改革といえるからです。

しかしそれにしては、この間の民主党政権の地方自治体に対する姿勢には大きな疑問があります。口先だけで魂がなく、実は地方軽視の体質を持っているのではないかということです。

今朝の新聞にも、普天間基地の移設問題で、沖縄の仲井知事の怒りの発言が紹介されていました。「官房長官に会う時間も頂けない。沖縄に説明しようとしない。もし政府がこのまま決定し、押し付けてくるなら(県内移設に)反対せざるを得ない」と。

平野官房長官は、1月の辺野古移設反対派が勝った名護市長選挙でも、その結果を「斟酌する理由はない」と言い放っています。そういえば前原国交大臣も八場ダムに関し、地元の知事や首長に相談もなく、突然に中止を宣しました。

こうした姿勢を見るとき、我々世代は成田空港問題を想起しない訳にはいきません。当時の佐藤内閣は、富里地域を一旦予定地としながら、突然に三里塚・芝山地域を決定しました。地元の意向を聞くことなく、千葉県知事にも事後連絡だったと言います。その地元軽視の姿勢が流血の惨事を招き、今日まで続く悲惨な歴史を作ったのです。

日米で合意されていた辺野古移設を、政治主義的発想で御破算にした鳩山政権。このままでは佐藤政権と同じ過ちを起すのではないかと不安です。「地域主権」を叫びながら地元無視を重ねる姿勢は、誠実さのない、口先だけの地域重視と思われても仕方のないことです。


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10葉のクローバーに込める願いは多い

2010年03月01日 | Weblog

写真:「何と10葉のクローバーです」

ふるさとの友人mahirooさんからメールが届きました。上の写真をご覧ください。何と10葉のクローバーです。自宅の庭に咲いたからと送られてきたのです。幸福の4葉のクローバーの2倍半。花言葉は「完成・成就」とのこと。これで私の仕事がうまくいかないことはないというものです。何とも有難く、心温まります。

さて先週末の2月26日、厚木市長に一冊の「報告書」を提出しました。私が委員長で一年間議論してきた、「厚木市シティセールス戦略検討委員会」の最終報告書です。ホッと肩の荷が下ります。そこで今日は、その委員会でとくに議論となったキャッチフレーズの決まる迄のエピソードをお話しします。

 まず、年末の頃に議論された案は、<「ふれあう」、「にぎわう」、「味わう」厚木(あつぎ)>というものです。しかしどこか平凡で違和感があり、まとまりませんでした。

年明けにパブリックコメントが行われ、そこから一つのヒントが出たのです。「思い立ったら厚木へ」というフレーズです。思わず飛びつき、そこで再提案されたのが、<「味」と「緑」と「ふれあい」と ・・思い立ったら厚木(あつぎ)>というものでした。しかしすぐにはまとまらず、最終回になって議論は熱くなりました。

「「ふれあい」などというのは私達の世代には気持ち悪い」と若い女性メンバー。
「「緑」などという言葉は動きがなく平板ではないか」とは団塊世代の年配男性。
「この際、思い切って「緑」という名詞でなく「緑る」といった動詞にしてはどうか」。

さらに「緑る」だけでなく、「味」も「味る」とする。そのことで若い人にも意表を突かせ、触発性をもたせようというのです。極めつけはにぎわい懇談会長の一言でした。
「そうそう、ラリルレロというラ行のつく商品はヒットするんですよ、昔から」。
 かようにして決定されたのが、今回の報告書のキャッチフレーズなのです。
    <「味(あじ)る」「緑(みど)る」「ふれる」・・思い立ったら厚木 >

いかがでしょう? 「食」と「自然(山や川」と「自治」の3方向を表現し、「る」という動詞型で「行動性」「積極性」を表現する。意表を突いたフレーズでひと様をオヤッとさせてシティセールスしていこう。その思いを示したのです。セールスは勢いがなくてはならない。楽しくなくてはならない。委員会でのそんな気運が、こうした結果を生んだのです。

Mahirooさんから送られてきた10葉のクローバー。その願いが、この厚木の将来にも効くとよいがなどと呟きながら、改めてこの「緑」の写真をみつめて出かける、週明けの朝というものです。

 

コメント (1)
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