嶋津隆文オフィシャルブログ

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国立の市議OB会でのやりとりに触発

2007年10月29日 | Weblog

台風一過の秋晴れの中、昨日は多摩障害者スポーツセンターでの市議会等OBの大先輩達との意見交換会に招かれました。元市長さん、助役さん、議長さん、議員さん。総勢20名。かつての文教都市国立の名を全国に知らしめた面々です。楽しみに出かけました。

その街の歴史を知らなくてはならない。国立の歴史は先達者から学ばねばいけない。そう強調していた出席者の若手議員の発言に大いにうなづく結果となりました。どの人の話も貴重な経験に裏付けられており、また多く示唆に富むものがあったからです。面々の風貌とはやや異なり(?)、話の中身は新鮮そのものでした。

例えば石塚市長からは、昨年度末の国立六小用地代として2億円を市が支払った件について、こう過去を教えられました。美濃部都知事時代に、あの矢川周辺に急きょ都営団地を造ることになった。都の都合により造るので国立市には迷惑をかけない。それゆえ小学校用地の無償貸与が事実上行われてきたというのです。なぜ上原市長はその経緯を聴きもせず、2億円もの出費をしてしまったのかとの難じるものでした。

あるいは谷市長は、国立市の大事業であった下水道の整備について中傷される口惜しさを憤慨していました。かつて大学通りは雨が降ると川のようになった。その事態の中で、下水道の早期整備は市民の悲願であった。それなのに先の市長選ではただ工事で膨大な借金を作ったとなじられてきた。まことに心外である。そういう趣旨の発言をしておりました。

議員歴32年の井上スズさんは、上原市政が口にしていた「市民参加」「情報公開」は、国立市が長いこと築いてきたものと違うインチキなものだと嘆いていました。それを継承するという現市長の路線は警戒しなければいけない。そう満身で叫んでいたのです。

そういえば昨日の朝、国立市のHPを開いてみて驚きました。非公開で行うと決めていた駅周辺まちづくりの検討会(作業部会)を、第1回目となる10月30日は一転して傍聴可能とすると変更していたのです。多くの人が秘密裏の運営を非難したからでしょうか。しかしその公開も第1回目だけで後は決めてないと聞かされ、2度驚きました。

まったく唖然とするばかりです。「市民参加」「情報公開」は国立市政の生命であったはずです。それを秘密会にするといい、公開するといい、コロコロと都合に応じて変更しようとするのです。これが井上スズさんが、怒りをもってエセ「情報公開」、エセ「市民参加」となじる所以かと納得したものでした。


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テロという現実と無防備という思考・・朝霞の自衛隊観閲式に参加して

2007年10月24日 | Weblog

朝霞の自衛隊基地での観閲式(予行)に先日(10月21日)招待され、4000人余の部隊と戦車隊の行進、F15戦闘機の飛行パーフォーマンスなどを目の当たりにしてきました。

率直に言って軍隊の存在はどことなく気持ちを重くするものです。まして開催日の10月21日といえば、かつては国際反戦デーとして私たち団塊の世代にはベトナム反戦の諸行動での象徴的な日でした。それだけに10/21自衛隊ショーという取み合わせは、特異の響きを持つものでした。

それにしても反戦平和というフレーズを、青空を見上げるように爽やかに叫ぶことにできたのはいつの頃までだったでしょう。あれから半世紀、無邪気に無防備を主張するには、余りに複雑で根深い「業」のような民族や宗教の対立を数多く見てきた気がします。善意に期待するという一方的な思い入れで、何とも多くの不幸が生まれてきた現実も思い知らされたものでした。

初めてカンボジアを訪れた時、アンコールワットの遺跡の近くでみた、赤いクメールに虐殺された千人近い頭骸骨の山に息をのみました。もっとも経費のかからない方法、すなわち実弾やガスなどでなく、撲殺、飢餓、生き埋めという3方法で無防備の民衆は何十万人も殺されたといわれます。私が訪れたのは、骨の大きく窪んだ無抵抗の民衆の撲殺の痕でした。

決定的に国際社会の残酷さを突きつけられたのはやはりニューヨークでの9/11でした。東京都庁のNYオフィスはあのワールドトレードセンターの79階にありました。NYに駐在していた私が開設準備をした、まさにそのオフィスです。その81階にイスラム原理主義は民間飛行機でのテロ攻撃をしかけたのです。米国の友人が山ほどいました。

9/11テロの翌日、NYの知人から泣きながら電話が入りました。「みんな死んでしまった。ロッシーさん夫婦も、ナンシーも、グラハムさんも・・」。超高層のビルの窓から、パラパラと地上に落ちていくテレビ映像を見、その一人一人が友人の姿であるかのように思え、胸をかきむしられたものでした。全く無抵抗のままに、焼死や圧死させられた市民4000人余。

平和の大切さを訴える余り、日本は無防備であらねばならない、無抵抗でなくてはいけないという人たちがいます。そして無防備自治体化を条例化しようという自治体さえありました。平和=無防備と短絡させるのは、余りに楽天的ではないでしょうか。軍隊の存在は確かに重いのもがあります。がしかし、国際社会の現実から目をそらし、無抵抗のままに生命を奪われるしくみを制度化しようとするのは無責任であり、時として利敵行為となりえます。こうした動きはやはり容認することはできないといわねばなりません。

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黒川紀章先生、寂しいじゃないですか

2007年10月13日 | Weblog

建築家、黒川紀章先生が昨日の朝逝きました。テレビ局に勤める娘からの緊急の電話でした。えっ、まさか、あんなに元気に動き回っていたのに。思わず私は声を失いました。

この4月の国立市長選で、「あなたの応援に家内(若尾文子)と一緒に行くから」と明るく励ましてくれていたのが黒川さんでした。「国立市役所はもうかなり老朽化していますね。ぜひ市長になって財政立て直したら、僕が新庁舎の設計をしてあげますよ」。そういって楽しそうに笑っていたのも黒川さんでした。

都知事選挙も参院選挙も、奇行とも思えるような言動がなかったわけではありません。しかし、どことなくユーモアがあり、その一方で子供のような邪気のない姿に、世界のビッグネームとなった衒いはどこにもみえません。私にとっては愛すべき大変人であったといってよいでしょう。

その黒川さんとの出会いは、いつぞやの講演会のことでした。講演後の質問コーナーで、あと一人質問を受けますが、という司会の言葉につられて、私は思わず手を挙げたのです。

「黒川さん、私は先生のことを憎んでいます」
「えっ、おっ、いや、僕は敵が多い男だからね、そんなこともあるよ」
「いえ、私の先生への憎しみは尋常ではないのです」
「それは一体、どういうことかね」
「私は30年来の若尾文子のファンできました。その宝物のような女性(ひと)をあなたは奪った。それ以来、先生のことを憎み続けてきています」

壇上で笑みがこぼれるのが分かりました。

「ついては質問の議は、その若尾さんを今も大事にしているか、現在も愛しているのか、正直に伺いたいのです」

会場もどっと笑い声で包まれました。
このやり取りを契機に、黒川先生と関わりを持つようになったのです。

「だったら家内と3人で一食事をしましょう。僕が招待しますよ、ロシアから帰ってきたら」

そう約束までしてくれたものでした。ですから、私の国立市長選の時の、選挙用パンフレットの寄せ書きにこうメッセージを送ってくれたのです。
「彼は国立の街が大好きだと言っている。しかしそれは、僕が妻・若尾文子を愛する度合いと比べたら叶いっこないでしょう。ハハ」

あの輝くような若尾文子に対し、君はバロックのような人だといって口説いたという伝説があります。かてて加えて結婚式のウェディングケーキは、バロック様式のお城であったとも伝えられます。そういった先生のキザさが、機微さが、大きさが、私の先生への限りない憧憬の所以でした。もっともっと多くのエピソードを作ってほしいと考えていたものです。何とも寂しい限りです。

それにしてもと思うのです。ひょっとして、都知事選や参院選にやや顰蹙を買いながらも出馬し続けておられたのは、なぜだろうか。それは、死が目前に迫っていたことを知って、あえて世間の網膜にご自分の姿を焼きつけるための行動ではなかったのかと。もしそうだとしたら、私は間違いなく、先生の破天荒ぶりを一層誇りに思ってしまうというものです。

しかし黒川先生、もう今度は思いっきり、ゆっくり時を過ごすようにして下さい。そういえばこうも主張しておられたではないですか。

「かつて、ル・コルビジェはこう言った。『人間は目的をもつ存在である。だから道はまっすぐでなくてはならない』と。しかし私、黒川紀章はこう言いたい。『人間は迷う存在である。だから道はまがっていなければいけない』と。

ぜひ、このポストモダニズムを、世界の芸術家として、永遠に演出していただきたいものと思うのです。合掌。

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中国映画「長江哀歌(エレジー)」を観て

2007年10月12日 | Weblog

「長江哀歌」。2006年のベネチア映画祭の金熊受賞作です。建設進む三峡ダムと長江の広大な姿を背景に2組の中年の夫婦の離合を扱い、結びが崩れていく男女と僅かな希望を未来に繋ごうとする男女の、その哀感を言葉少ない映像の中で描いた作品なのです。

この映画をどうしても観たかったのは、近代化の波に流されていく中国の人々の生活の変化を体感したいと考えただけでなく、十数年前に訪れた三峡ダム周辺の長江がどう変わってしまったのか、ぜひ見極めたいと思ったからでもありました。

いうまでもありません。長江の三峡界隈は「三国志」の舞台であり、李白が「朝に辞す白帝 彩雲の間」と歌った白帝城を擁する絶景の地です。ダムに沈むこの地をしっかりと見ておいて欲しいという北京の副市長に案内されて、鈴木俊一都知事に随行しつつ訪れたものです。

現地の代表者は、この大プロジェクトの意義を大きく3つあげていました。多くの人命を奪う洪水の予防、不足する電力の確保、水運の整備による経済振興というものです。しかしデメリットもありますね、歴史と文学の舞台と貴重な自然が水没してしまうのですから。こう質問した日本側の質問に返ってきた返事は、予想を超えた次のようなものでした。

「いえ、私たちが一番心配するのは、この三峡ダムが有事に敵のミサイルの攻撃目標にされることです。ここが破壊されれば膨大な人命が失われるだけでなく、経済的打撃も計り知れないものがあります。国家的な危機となりましょう」。

戦後の私たち日本人が、いつのまにか意識の中から捨て去ろうとしてきた戦争という力の現実を、この風光明媚な歴史の地で突きつけられようとは思いもよりませんでした。考えても見れば、「三国志」も紛れもなく戦争の物語です。平和の理念とは別に、ぬぐい去れない争いの現実を隣国の人たちは忘れることはないのです。

そういえば、どこぞの国の自治体で「無防備都市宣言」なる決意を表明しようという運動がありました。その無責任ともいえる楽観主義を耳にしたら、この中国の人たちは恐らく言葉を失うに違いない、そう思ったものでした。

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隠蔽は市民自治にあってはならないこと

2007年10月01日 | Weblog

ちょうど一か月前に、動き出した国立駅周辺まちづくりへの着手を歓迎しながら、私はブログ(8月27日)に“忘れてはならないこと、それは財源と情報公開”だと記しました。しかしわずか一か月でこの2つのことが裏切られ始めてきています。200億円以上はかかる大事業なのに、国立市の計画方針にはその財源(財政スキーム)を明確にする姿勢が見えず、他方で協議会(作業部会)を非公開とする方針を出したのです。

ところで先日、近所にすむ知人が、どう考えても駅周辺まちづくり計画の策定プロセスが不鮮明だとして、国立市役所の情報公開請求を出しました。非開示部分もありながら、次のことがわかりました。

 (年・委託内容)   (検討代表)   (委託費)   (委託業者)
平成12年(上原)
「駅周辺プラン報告書」 北沢猛(東大)   194万円    マヌ研究所
平成15年(上原)
「駅周辺まちづくり資料」  (庁内)    157万円    マヌ研究所   
平成16年(上原)
「駅周辺まちづくり   北沢猛(東大)
   提案書」(資料)           257万円    マヌ研究所 
平成17年(上原)
「駅周辺まちづくり整備資料」 (庁内)    262万円    マヌ研究所
平成20年(関口)
「駅周辺まちづくり
基本計画」  北沢猛(東大)   852万円   (近く決定)

駅周辺の計画づくりに、見事に同じ人、同じ業者、同じ内容を10年近くに亘って委託してきているのです。それ故これら報告書の中身を一度ゆっくりご覧いただきたいものです(国立市のHPに掲載)。さすがにこれだけ出費すれば(同一業者といった点での不透明さは別として)、基礎資料としてはかなり整備され、本来ならこれを基礎に後は市案を正式決定すればいいと考えるべきものです。

にもかかわらず今に至って、また新たに業務委託を出す決定をしました。そこで改めて指摘しておかねばならないことが出てきます。それは今回、過去と同じ内容の報告書が出されるとしたら、852万円はどぶに捨てることになるということです。

過去の資料を生かし、新分野の報告書を出して初めて今回の委託は意味のあるものとなります。その唯一許容できる新分野の作業とは、整備手法の精緻化と財源の工夫(財政スキーム)の提示ということだと思うのです。とくに南口公共用地と三角屋根に係る財政スキームです。

しかしその財源見極め作業を具体的に行うことを今回の国立市の基本方針は明示しませんでした。かてて加えて、そうした議論の場(協議会・作業部会)さえ隠蔽することを9月26日に決定したのです。これでは市民の目の届かぬところで市政の重大事が進められてしまいます。明らかに市民自治の否定です。「国立には(市民参加の)ストーリィがある」云々といっていたのは選挙時だけの美辞麗句なのかと暗然としてしまいます。

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