嶋津隆文オフィシャルブログ

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民心に沁込みたる自治の習慣こそ有力なれ

2013年02月27日 | Weblog

写真:「福沢諭吉」

昨夜は神田神保町でFJKセミナーがあり、「住民自治を探せ!」というテーマでの細木博雄中大講師のレクを聞きました。大意の一つは、「市民自治」という概念は幻想であり、土着性を重視した「住民自治」にこそ、これからの方向性を設定すべきではないかと云うものです。

そのためにマルクス主義などによって封建的と遮断されてきた、江戸期のムラ社会などでの日本人が古来の自治のルールに着眼すべきとも指摘されました。そういえば福沢諭吉は、明治新政府が性急に導入した地方制度改革(大区小区制)について、明治10年にこう激しく批判しています。

「旧制度(徳川時代の自治)も新制度(明治政府の自治)も自治はすなわち自治なり、其新制度の円滑に行はれて正に立憲の新政体に適するは、古来民心に沁込みたる自治の習慣にこそ有力なる素因なれ」(福沢諭吉全集6巻)。

コミュニティといい。市民自治といい、輸入概念を標榜していこうとするこの国の、西洋至上主義の風潮はなかなか根強いものがあるようです。しかし経済の衰退や少子高齢化の中で、自立した個人としての「市民自治」などといった欧米型民主主義の幻想が、この時代になって再考されようとしているのではないか。そう思わせるセミナーでありました。


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ゆとり教育(「新学力観」)は日本の文化大革命か

2013年02月23日 | Weblog

写真:「文化革命 版画ポスター」

この土曜日は、早朝から中国へ帰国する留学生を見送りに大学にでかけました。彼は日本に来て3年。しかし結局、異国に馴染めず。やがて引きこもるようになり、体調を崩して退学したのです。淋しいものです。

気位の高さやあるいは他人との関係の無頓着さ。この学生の自己本位の耐性のない姿勢を目の当たりにすると、中国政府のとった「一人っ子政策」による「小皇帝」と云う言葉がどうしても浮かんでしまいます。

しかしこうした「一人っ子政策」をとらざるを得なかった背景には、毛沢東思想の多子優先の国家観があり、そして文化大革命と云う大失政があったからだといわれます。国家の誤りとは恐ろしいものです。

たまたま昨日今日、手にしていた本があります。『見える学力、見えない学力』(岸本裕史)。このベストセラーの改訂版のなかで、著者はゆとり教育(「新学力観」)を激しく批判しています。

ゆとり教育の推進は、大量の低学力層を輩出したものだと。まさに一世代をダメにした点で中国の文化大革命と同様であり、国家としての大失敗ではなかったか。そうシビアに難じているのです。その憤慨を、多くの関係者は、忘れることがあってはならないでしょう。


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建国の日に思う国と無為の続く社会保障改革

2013年02月12日 | Weblog

写真:「巣鴨のとげぬき地蔵」本人撮影

昨日は穏やかな建国記念の日でした。日差しも暖かく、近くの公園の紅梅も一斉に咲き始めていました。

そんな午後、ゆっくり書類の整理に一日費やしながら、ふと故郷の田原市の予算書に目がいきました。何気なく覗いて其の民生費の大きさに驚かされました。

今年度の民生費が74億円(総歳出267億円)。7年前の平成17年度が58億円(総歳出327億円)。全体に占める割合が18%から28%へ何と10%もアップしているのです。

早晩、高齢者負担でこのまちは行き詰るのではないか。そう案じられる数値です。しかしこれは一自治体の問題ではありません。国家そのものの問題です。野放図に近い国の社会保障費は、増加の一途をたどり、今や年100兆円を越えたと言われます。

にもかかわらず国の改革は進んでいません。年金の支給開始年齢を65歳に引き上げる話も腰が引けたまま。英国は68歳、米国は67歳であるにもかかわらずです。外来患者の窓口負担も1回100円追加徴収さえ頓挫しました。70歳~74歳の窓口での自己負担も1割のままで、法で定められた2割にできずに時間が過ぎています。

国の将来を思い遣らず、当座の選挙のことだけ考えて決断から逃げ回る国会。改めてその無為と無責任の姿勢を嘆かずにはおれない、建国の日と云うものです。


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「子ども中心主義」という教育改革の空回り

2013年02月08日 | Weblog

庄内藩・致道館  四書五経の素読を「詰め込み」と云うか?

いじめの問題が痛々しく報じられています。そんな記事に触発されたわけでもないですが、大学の図書館でふと目に入った新書を手にしました。『教育改革の幻想』(ちくま新書)。東大の苅谷剛彦教授の10年前の著書です。

データを駆使した論述は客観的で、頗る説得力があり、大いに啓発されました。たとえばこう指摘しているのです。

・「受験地獄が元凶」と日本では好んで言うが、大学入学率が30%の50年代でさえ(2000年代は80%)、睡眠時間も多くストレスも少なかった。

・ゆとりをめざす教育改革が、皮肉にも、余り勉強していなかった生徒の学習離れを促し、勉強する生徒としない生徒との格差を拡大している。

・「こども中心主義」教育が理想とされるが、このルーツは米国での実験校で、子ども全員(140人)が裕福な白人家庭で、教師33人も付くものであった。

・学習に向けた学校側の要求の弱化が、子どもの「野放し」状態を招き、その結果として学習離れと基礎的知識の欠如をもたらす。

苅谷剛彦は教育改革につきまとう「幻想」の怖さを指摘してやみません。実態や現場を軽視した改革論に翻弄されない視座を持たねばならない。そう、些か真摯に自戒した次第です。


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「フォーラム自治研究」(FJK)設立の集い開催

2013年02月04日 | Weblog

 

フォーラム自治研究(FJK)の設立パーティが、1月30日(水)にアルカディア市ヶ谷(私学会館)で開催されました。40名近い参加があり、文字通り和やかなうちにも、いざ出発と云う気運に溢れた集いとなりました。

まずは久世公堯特別顧問からの「皆様方の英知を結集し大きな成果をあげられますように」との祝電が披露されながら、会の目的が読み上げられました。そして澤井安勇顧問からはFJKが「政策コミュニティ」の一つになろうとの祝辞があり、大いにFJKへの鼻向けとなりました。

スピーチの初っ端は町田市長の石阪丈一顧問。市政運営の難しさと楽しさが披歴され、その後参加者全員による1分スピーチも、和やかなリレーとなって、時間いっぱいまで続きました。

終盤は、自己紹介と名刺交換の光景が溢れた会場は混沌状態。それにしても大いに盛り上がり、出席していた月刊誌「地方財務」の編集者から、「多くの方とお話することができ、また、エネルギッシュな方ばかりで、元気をいただいた、そんな時間でもありました」とのメッセージもありました。

いよいよFJKのスタートです。すがすがしい出発です。


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