来9月の市議会に「国立駅周辺まちづくり基本計画」の策定委託費が予算計上されることになりました。
来年3月までに議会報告したいとのことです。事実上は3~4ヶ月程度での超特急の作業となりましょう。南北道路の道路と広場の整備、南口公共施設用地の活用策、三角駅舎の復元など、どれひとつをとっても極めて困難な問題を抱えています。その困難さには二つあります。
第1は財源の確保という難題であり、第2は市民合意の難しさです。そういう点で、新市長がこの作業に、しかも期限を設けて手をつけようとすることは、評価してよいものと思います。
ちなみに前の上原市長が、幾度も市民提案を受けつつ計画策定を8年間逃げ続けたのは、この難題に巻き込まれて収拾がつかなくなり、自分のクリーンイメージが崩れていくことを避けたからだといわれます。この難題の大プロジェクトをわずか数ヶ月でこなさなくてはならないハメになったことを、新市長は誰に愚痴ればいいと考えているか聞きたいものです。
さてこの基本計画のポイントは、駅周辺のポンチ絵を気楽に描くことではありません。それはもう、例の「森の駅」構想となって出ているのです。市民提案という形で市税を使い平成12年に「駅周辺プラン報告書」、16年に「駅周辺まちづくりに関する提案書」等で革新サイドの案として出されているのです。
しかし市が計画策定をするには、実現化できる財政面での裏づけが必要です。この財政スキームを示すということが第1のポイントです。とくに南口公共施設用地活用の財源確保(100億円近いともいわれる)に民間活力をどう使うのか、三角屋根の敷地の財源確保(20~30億円ともいわれる)にJRや東京都をどう説得するのか、それとも市単独やるのか、一番大事なおカネを明示することが不可欠だと考えます。それが市民議論の前提となる、本来の情報の公開というものだからです。
ところで、例えば東京都は三角屋根の曳き家騒動に関し、国立市に極めて強い不信感をもっています。一昨年夏に曳き家でやるので都から6000万円が欲しい、年が明けると上原市長は都に行き曳き家はもう止めます、5月になると都に報告せず曳き家案を議会提案するといった迷走を演じたのです。
JRでも同様です。遠くから吠えるだけで用地確保に関するまともなトップ交渉は一度も行っていないのです。普通、首長に交渉ごとが出来る能力がなければ部長たちが内々に進めるものです。それさえ革新・国立市は行わず、今日の都、JR、周辺自治体からの不信の構造を招いたのです。新市長の辛さは、この負の遺産をどこまで克服し財源確保のめどをつけられるかということです。
もう一つのポイントは、市民合意です。国立駅周辺に散乱する放置自転車を吸収するにはスペースが要ります。駅に保育所が欲しいと言う親たちの要望もあります。市民の憩える施設のつくれとの声もあります。南口公共施設用地はそのための恰好の場所です。
しかしこうした幾つもの要望を受け止めるためには少ない容積のビルでは吸収できません。もし高いビルを建てるとすれば激しく反対する市民は少なくないでしょう。では何階までとするのか。あるいは三角屋根用地の財源を、このビルと切り離すとしたらどこで捻出するのか。
そういう点で、より丁寧で明確な計画案を示すことが求められます。利害の対立する層の複雑に入り組む国立の市民に、分かり易い情報(資料)の提供をすることが必要となるのです。これが第2のポイントです。
口先だけでない、都合のいい市民グループだけでない、本来の市民参加と市民合意というものが得られるか否か、厳しく問われることになります。それだけに、たたき台となるべき計画案は、何よりも曖昧なものであってはなりません。真の情報公開をしなくてはいけません。もちろんそれは、真摯に市民に問いかける、首長としての技量が問われることになるというものです。
昨日までとはうって変わり、今日は朝からおやっとするような秋気が流れてきました。この秋の訪れを爽やかに受け止められるか、肌寒いと受け止めるのか、国立の新市政の力量が明らかになる季節が9月議会とともに始まるといえましょう。それにしてもコトここにまで至って、数字(財政)ヌキの計画案を出して市民を愚弄することのなきよう、くれぐれも強く釘をさしておくこととします。
財政の裏づけのない計画づくりであれば、発注する意味は全くありません。それにしてもここ数年、2度も3度も事実上発注して基礎資料が山ほどあるこの計画づくりに、850万円の予算計上というにはもうひとつの論議が必要ともいえましょう。