嶋津隆文オフィシャルブログ

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地域文化情報誌『渥美半島の風』の発刊に取り組む

2015年09月30日 | Weblog

【伊良湖ビューホテルより神島を望む】

この8月、9月は慌ただしい作業に追われて過ごしました。それは故郷での地域文化情報誌『渥美半島の風』の発刊に取り組んでいるからです。企画案の作成、賛同者の呼びかけなどといったことで汗を流しているのです。

発刊の趣意書にはこう記しています。
「渥美半島は豊かな土地柄です。しかし少子高齢化が進み、農の風景も生活スタイルも大きく変わろうとしています。そうした中に、自然との触れ合いや自分の居場所を大事にする、住民自身の手で地域文化を育て味わおうとの兆しを感じます」。

「こうした兆しを垣間見るにつけ、新たな文化の可能性を生む地域のネットワークづくりが求められている、そう私たちは考えました。そこでその気運づくりの“広場”として、渥美半島の一体感を深め、日本全国に発信機能を持つ地域文化情報誌の発刊を企画しました」。

雑誌のタイトルは『渥美半島の風』。編集方針は「土と海、アートによる地域の創生」。「半島放談の集い」(ミニ・シンポジウム)の開催も企画します。初刊は来年4月で、年2回の刊行を考えていきます。

渥美半島色の文化の創生を! 渥美半島から文化の発信を!
こんな、ちょっと気負った呼びかけも、趣意書の中には掲げているのです(笑)。

そして現在、賛同人が全国から200人近く集まりました。縮む今日の地域社会にあって、これだけの大人数です。渥美半島には文化的情熱がたぎっている?。いやいやそうではないでしょう。付き合いで賛同人名になった人も少なくありません。

しかし人と人が集まれば、必ず新しい何かが生まれてきます。閉塞した空気を変える兆しが出てくるに違いありません。私たちが付したこの運動体の名称は『渥美半島の風』社中。時代を変えた坂本龍馬の亀山社中にあやかりたい思いもあってのことです。この事大主義を、暫くは大いに楽しみたいものと思っています。


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内子町は内発型まちづくりの日本モデルとなるのか

2015年09月24日 | Weblog

【八日市護国】

内子町は内発型まちづくりとして、久しく全国に名をはせている町です。人口わずか1.6万人。この町がどのようなプロジェクトをやってきたのでしょう。

一つは町並みの保存です。内子町には明治から大正の時代、木鑞によって栄えた裕福なお大尽が多く、美しい家屋や蔵が多く建てられました。重要伝統的建造物群保存地区「八日市護国」として保存され、そこは都市と農村の交流事業を支える貴重な資源になっています。

 次に高次元農業の提案です。ドイツの農業を体験し、新鮮な作物の提供だけでなく、付加価値商品を工夫し始めたのです。知的農村塾として勉強会や海外視察が盛んで、産直市場のフレッシュパーク「からり」はもとより、地産地消の受注システムやリトレーサビリティなど、環境保全型農業が行われています。

 また、内子座の復活もあります。大正初期、内子町がまだ栄えていた時建てられた歌舞伎劇場ですが、昭和58年に復元しました。先代の中村勘九郎さんなどが好んで公演するなど多くのファンを得ています。

 しかしこの内子町も先に発表された消滅自治体の一つとなっています。人口減少が止まらないのです。しかしそうだからと言って、この内子の挑戦は否定できません。人口1.6万人に満たない内子町に、年間で100万人の交流人口がもたらされるようになっています。

 そして何よりも評価して良いことは、定住人口を奪い合うようなガツガツとした雰囲気でなく、落ち着いた街並みと落ち着いた人々の生活をもたらしている内子の風情です。「住んでよし、訪れてよし」。これからの日本の農村社会のあり様が、ここには広がっていると言ってよいのです。


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四国の廃校活用視察、地獄の800km行程

2015年09月14日 | Weblog

まあ皆さん、聞いてください。
四国を縦断しての地獄の調査行程を。2日間で走行距離800kmを60歳代のメンバー4人が廃校活用調査と称して疾走したのです。

東京発6:16の新幹線にのり新神戸へ。駅レンタカーを借り、すぐさま鳴門海峡を越え、阿波は徳島県上勝町(葉っぱビジネスで有名)に向かいました。上勝の町役場では企画調整課の担当者からUターン者のための宿泊施設にした廃校を解説を受けつつ視察。ついでに㈱いろどりの横石知二社長をアポ無し訪問。

その後、一路四国を縦断する徳島自動車道を西へ西へと疾走すること4時間。宿となる愛媛県河辺村の廃校活用「ふるさとの宿」へ。山奥のさらに山奥にある宿への到着は何と夜の9時半。

なのに翌朝は朝食を食べつつ管理会社の代表から施設運営のヒアリング。1時間半で切り上げ内子町へ。ここは全国に名高い内発型まちづくりのモデル地です。町並み地域振興課長に案内されて内子座や八日町護国寺を散策。

そして大洲城下にとって返し、おはなはん通りと臥龍山荘を垣間見てUターン。今度は松山自動車道をひたすら東へ東へと疾走。瀬戸大橋を渡り、岡山駅にレ
ンタカーを返したのは夜の7時。東京駅へは深夜の11時過ぎの帰京とあい
なりました。

おかげでその後、メンバーの一人は、2日間寝込んでしまったとのオチがつきました(笑)。


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廃校の活用策の実態視察での四国行きを計画

2015年09月07日 | Weblog

【河辺町ふるさとの宿】

このところ私が集中して取り組んでいる作業は、廃校になった小中学校の活用策に関する調査研究です。その調査の一環として、今日から2日間、徳島県の上勝町「落合町営複合住宅」と愛媛県の河辺町「ふるさとの宿」を訪れます。

上勝町は葉っぱビジネスで全国に名を馳せた徳島の山間地です。過疎化に悩むその上勝町は、廃校となった小学校をUターン、Iターンの希望する人のための住宅・事務所としました。全戸(10戸)がすぐに埋まったといいます。

人口2000人弱。この四国で一番小さな町といわれる上勝町のチエがどのような実態になっているのか、問題点として何が生じているのか、おおいに関心を持つところです。

もう一つの視察先は愛媛県の河辺村。今は合併で大洲市河辺町となっていますが、大洲のICから車で30分の山奥にあります。廃校を活用して「ふるさとの宿」とし、第三セクターが宿泊施設として運営を始めて20年近くなります。

整備に農水省の補助金を使ったといいますが、その経営がこの山間地で成り立つのはなぜか、誘客やサービスにどんな工夫をしているのか、これまたおおいに関心が湧くというものです。

四国の88カ所巡りならず、2か所めぐりではあるものの、必ずや大きなご利益があると期待しての遍路旅です。


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山口組分裂のニュースで思い出す30年前の山一戦争

2015年09月01日 | Weblog

【アサヒ芸能】

山口組は準構成員を含め約2万3千人。我が国の暴力団の占有率43%。そして2014年に米雑誌「フォーチュン」の記事では、山口組の収入は約800億ドル(現在の為替だと10兆円)にのぼるビッグビジネスと言われます。

その巨大組織が分裂するのです。山口組は30年ほど前に一和会が分派し、その「山一戦争」では25人の死者を出しました。今回もすぐにも血で血を争う抗争が起きて不思議ではありません。

ところで1988年に出版した拙著『どこで、どう暮らすか日本人』(TBSブリタニカ)ではこの抗争に触れ、私は「山口組分裂の原因は関西経済の衰退にある。膨大な組員を養うに足る程、もはや関西圏は豊かではなくなったからだ」と指摘しました。

今次の分裂の背景には、名古屋を中心とする弘道会の伸長が原因と言われます。中部国際空港の海面埋立て土砂で莫大な利益を稼ぎ、他方でCity.Heaven という売春情報産業で巨額の収益を得て急成長してきた噂されるグループです。

カネが万事を決めていく。当たり前と言えば当たり前ですが、果たして今次の分裂もこう評さざるを得ないのです。「分裂の原因は名古屋の伸長にある。神戸の伝統とか菱紋ブランドの結集性を崩すほど、弘道会のカネが圧倒するようになったからだ」と。


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