嶋津隆文オフィシャルブログ

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北の津軽はすっかり冬仕度がすんだことだろう

2010年10月29日 | Weblog

10月も過ぎ、もう季節は冬の気配。今朝、目覚めて外に出て触れた冷気に、ちょうど一か月前に訪れた津軽の事々が思い出されました。

青森は三内丸山遺跡を訪れ、ついで弘前城を起点に津軽半島を北上し、五所川原のねぶた館、太宰治の斜陽館、十三湖のしじみラーメンと小泊岬を巡り、そしてUターンして黒石温泉の「こみせ通り」界隈を歩きました。 

その行程中、とりわけ納得したことがあります。りんご畑の広々とした風景の向こうから、ずっと岩木山が見え続けていたことです。

「嶋津さん、津軽平野というのは、どこまでをいうのか知っていますか」。こう私に友人の檜槇貢弘前大教授が語りかけます。「地元では岩木山が見える限り、そこを津軽平野というようです」と。いい話ではないですか。



弘前城

感激したという点では、三内丸山遺跡は実に衝撃的でした。5千年も前に5百人規模の大集落(それはもう都市と言ってよい)を形成していたこと、幅員20mもの道路を整備していたこと、栗畠などを造成して食糧を確保していたこと等など新鮮は情報ばかりでした。

三内丸山遺跡

その衝撃を少しでも皆さんに味わってもらいたいと、その遺跡で出土した耳飾りの写真をアップします。このデザインの大胆さを見て下さい。縄文の女性たちのオシャレ感覚が生きいきと伝わってくると言うものです。

   縄文装飾(耳飾り)
そんな津軽ももうすっかり冬仕度がすんだことでしょう。そう呟くと今度は突然に、津軽三味線の骨太な音色が耳に聞こえてくるようです。ことほど左様に、すっかり津軽に魅せられてしまったかのようです。  


写真:「弘前城」「三内丸山遺跡」「縄文装飾」の3枚(本人撮影)


あなたはどれを選ぶ? 厚木キャラクター

2010年10月24日 | Weblog

尖閣諸島の屈辱的外交から一カ月経ちます。その不愉快さを些かでも薄めたいと、今日は軽く、厚木市のマスコットキャラクターを取り上げます。


厚木市はシティセールスの一環としてマスコットキャラを選定することとしました。デザイン募集には小学生から年配者まで851点が集まりました。その中から7点を候補とし、いま市民への投票を呼び掛けています。あなたならどれを選ぶのでしょう?


実はその審査委員長として、私自身、大いに楽しみつつ、選定に迷っているところです。



風が吹いた、松蔭大駅伝部を誇りに思う

2010年10月16日 | Weblog

写真:「駆け抜ける松蔭大の学生達  藤巻貴之撮影」

週末の土曜の16日は早朝から立川昭和記念公園に足を運びました。箱根駅伝の予選会があり、そこの出場する松蔭大学駅伝部への応援です。青空の下、赤い松蔭大の旗を振り、黄色い声を出しての半日でした。

写真を見て下さい。駆け抜ける松蔭大学の面々です。みな、美しいではないですか。


出場校は36校。そのうちの上位9校が来春の本大会に出場できます。松蔭大は昨年22位。学生たちは目を真っ赤にして悔しがっていたものでした。しかし今年は違いました。
何と15位だったのです。

9位に入ればオンの字です。しかし出場権を逃したのは10位法政大、11位大東文化、12位亜細亜大、13位順天堂大、14位国士舘大という強豪校です。それに連なっての15位松蔭大という位置を見れば、わが駅伝部の健闘ぶりは称賛に値するというものです。

成績発表後の出場メンバーの挨拶で、どの学生の顔にも9位内に入れなかった悔しさと、一方で15位に入った充足感がないまぜになっていました。しかし応援教員としては、いい風が吹いた、よく頑張ったと、大声で語りかけることが出来たことは言うまでもありません。

昭和記念公園はコスモスが満開でした。その息をのむような鮮やかな彩りのなかを、若い学生達の躍動感を幾度も味わいながら、気持ちよく帰途についたものです。これも教員冥利の一つと言ってよいでしょう。

公務員の政治活動をさらに拡大させるのか

2010年10月14日 | Weblog

写真:「三内丸山遺跡で縄文人に感動する 本人撮影」 

一作日、国会中継を見ていると、みんなの党の江田憲治議員が民主党政権に対し激しい追及をしていました。マニフェストで掲げた国家公務員の人件費2割カットについて、やる気がないのではないかとの糾弾質問です。

そうなのです。やる気はないのです。民主党の最大の支持基盤は日教組や自治労なのですから、本格的に手を付けるつもりはないのです。いや、出来ない相談でしょう。

日教組王国といわれる北海道では、北教組が民主党へ組織ぐるみの支援運動を展開しました。しかし学校授業などを捨ててのなりふり構わない選挙運動は、当選させた民主党参院の女性議員を失脚させる羽目となりました。

それにしても信じがたいのは、この2割カットに連動して民主党が公務員にストライキ権を付与すると謳ったことです。これ以上、政治活動をさせる手段と口実を付与するというのですから、驚くばかりです。

北海道5区で、この補欠選挙が始まりました。よもや選挙民は、教育者の立場を考えずに選挙に奔走する教員の政治活動をさらに煽る、そういった党に投票することのないものと信じます。

それにしても江田議員の質問に答える片山善博総務省の発言には、とても信頼性を感じさせました。口先だけで逃げようとする首相等と違い、鳥取県の行政改革での実績が滲んでいるからです。願わくば、総務相が民主党益のために、その素質と方向性を曲げることのないことを祈るばかりです。


日本料理とは軍隊がつくったという話しに驚く

2010年10月09日 | Weblog
写真:「青森で食した帆立ラーメン  本人撮影」


今日(10月9日)は午後に、厚木市と松蔭大学など厚木5大学による「食のシンポジウム」が開催されます。その分科会の一つ、「食とまちづくり」のコーディネーターとして私もこれから出かけるところです。

その準備と言うこともあって、パラパラと資料をめくっていましたらこんな話が載っていました。「日本料理というものは、古くは存在していなかった。日本には地域ごとに郷土料理があったのみで、軍隊での食事を構成するときに各地の郷土料理を組み合わせて日本料理が完成したのだ」(茂木信太郎『外食産業の時代』)。

驚きました。なるほど、全国から集まる兵隊の嗜好をどう満足させるか、組織として大いに腐心したのでしょう。しかしその一方で、食と言うものはその土地の気候や風土、そこで育まれた素材を生かした郷土料理が一番の基本なのだと、改めて納得させられました。

突然ですが写真は、先月訪れた青森のお店で食べた帆立ラーメンです。その土地に来たらその土地のものを食べねばと気楽に注文したのですが、何と美味かったことでしょう。北の海で水揚げされた帆立と、その塩味の辛甘さ。しかも500円というのですから、青森の印象は良くなると言うものです。

そんなことを舌なめずりしながら思い出し、さて今日のシンポはうまく成功するのかなと、慌ただしく出かけようとするのが今朝の風景です。

なるほど「北の湘南」の伊達市は良いまちです

2010年10月04日 | Weblog

写真:「伊達市役所の正門」本人撮影

大学のサークルの恒例の懇親会があり、先週末は札幌行でした。その帰路、一度は訪づれなくてはとずっと気になっていた幾つかの自治体を巡りました。産業構造が変わって、かつての繁栄から遠のいたといわれる苫小牧、室蘭、そして定住施策で有名になっている伊達市です。

とくに伊達市は、Uターン組や定年退職者を対象に第2の人生のステージにと「伊達に住もう」キャンペーンを展開し、結構な人気スポットとなっているところです。テレビでも幾度かその取組は放映されました。それだけに一度はこの目で現地を確かめておきたいと思っていたのです。

伊達市は「北の湘南」と喧伝されています。気候が温暖で夏も涼しく、北海道とはいえ冬の雪も極端に少ないということです。南にはキラキラと光る太平洋が広がり、背後には有珠山や昭和新山も並び、海あり山ありの風光明媚さも強調されています。

そして現地に行って、大いに驚きました。まさにそのウリ文句そのままの舞台であったからです。なるほど、「北の湘南」ねえ。うん、その命名もよく分かるな、「看板に偽りなし」だと。人口は36800人。微減傾向にあります。しかし世帯数で見ると、平成19年が17220であるのに対し、現在は17707と500世帯近く増えているのです。

市街地も中心に伊達街道なる通りが小奇麗に整備され、落ち着いたたたずまいを見せていました。周辺の建物も白壁を意識的に使用するなど、伊達(藩)のイメージを創出しているかのようです。

明らかに行政が、まち全体でこの「定住施策」に大きく力を入れている心意気が感ぜられました。これがまた私の気分を大いに爽快にさせてくれたものでした。がんばれ、伊達!。ちょっとそう叫びたくなる訪問でありました。