嶋津隆文オフィシャルブログ

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田原市長であった白井孝市さんの功績を偲ぶ

2013年12月28日 | Weblog

白井孝市さんが亡くなりました。享年82歳。田原市の名物市長であった人物で、名誉市民第1号に称せられた功績は、誰しもが認めるところといってよいでしょう。以下は田原市の広報誌に掲載されたそのプロフィールです。

「3期12年間、田原町長および田原市長として、市の発展のため情熱を傾けられました。特筆すべきは渥美郡3町の合併を先頭に立って推進され、赤羽根町 と渥美町との2度の合併を経て、その実現に尽力されたことです。一度不調となった合併協議の再開は決して容易なものではなく、氏は地域の発展のために合併を強い意志を持って決断され、円滑な実現に全力を注がれました」。

「田原町の臨海工業地域の整備に大きく寄与されるとともに、進出企業の受け入れ体制の整備などにも取り組まれ、田原市における工業の発展の礎を築かれました。また全国に先駆けたごみの資源化を図るリサイクルセンターの導入や、「たはらエコ・ガーデンシティ構想」に代表される環境施策など、時代の先を見据えた政策に重要な役割を果たされました」。

地域の発展に寄与した田原藩の経世家渡辺崋山にあやかりたい。白井先輩は常にそう願い、また実際にそうした実績を残しました。貫かれたその姿勢を私たちは忘れることはありません。


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一葉(いちよう)落ちて天下の秋を知る

2013年12月24日 | Weblog

写真:「東京都庁」

猪瀬直樹東京都知事が辞職しました。醜態を晒し続けただけに遅きに失したというものでしょう。昨日今日の混乱もさることながら、これからの都政の混乱に心が痛みます。本来なら真っ只中にある予算編成作業、年明けには決めなくてはならない東京五輪の準備組織。膨大な日常業務。

「一葉落ちて天下の秋を知る」。
この言葉が頭をよぎります。桐の一葉が落ちるのを見て,秋の訪れを知る。小さな前触れによって将来のなりゆき,衰亡のきざしを察することをいう前漢の詩です。

それにしても猪瀬直樹の評判は都庁内では極めて厳しいものがありました。傲慢、横柄。KY(空気が読めない)。いつぞや私の後輩のある局長は、部下の面前で罵倒されたと憤然としていました。「俺が呼んだのに何ですぐに来なかったんだ、お前は」と。

「成り金」という言葉でにわか金持ちへの冷笑があるとすれば、「成り権(権力)」という言葉が彼には相応しいとは、くだんの都庁雀のコメント。寒さが身にしみるというものです。

 


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息を飲むほど妖艶な松林桂月の作「春宵花影図」

2013年12月16日 | Weblog

写真:「東京近代美術館蔵」

松林桂月(まつばやしけいげつ 明治9年~昭和38年)は、山口・萩の生まれ。東京に出てわが故郷の経世家、渡辺崋山の孫弟子にあたる野口幽谷に師事します。

漢詩の教養を活かし、詩・書・画の全てが優れているという境地を目指す文人画―すなわち南画を描き、水墨画においては、その独特の叙情的な作風が高く、昭和33年には文化勲章を受章しました。

わが田原市博物館では今回、この「最後の文人画家」とも称される桂月の豊かな芸術世界を紹介することとしました。「没後50年 水墨を極め、画中に詠う」というのがコピーです。

上に掲げたのが桂月の代表作「春宵花影図」です。昭和11年のニューヨーク万博に出品されました。精緻で格調高いその表現。息を呑むほどに妖艶と言ってよいようです。来春1月13日まで公開。ぜひぜひご覧ください。


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マンデラ&ディンキンス1990年、オバマ2009年

2013年12月12日 | Weblog

写真:「NYポスト紙」

12月5日に死去したN.マンデラ元大統領の追悼式が10日、ヨハネスブルク郊外で持たれました。言うまでもなくマンデラ氏は、南アフリカで反アパルトヘイトを唱え27年間に及ぶ獄中生活を強いられた伝説的人物です。

その獄中から解放されたのが1990年のこと。その折ちょうど、彼を迎えたニューヨーク市に東京都の代表として赴任していた私は、5番街をパレードするマンデラ氏への、市民の熱狂ぶりに仰天したものでした。

おりしも同じ1990年、ニューヨーク市では初の黒人市長D.ディンキンス氏が就任しました。NY市役所には多くの黒人たちで歓喜の渦ができました。その集まりでのスピーチでは、「次はいよいよアメリカ大統領(への黒人進出)だ」と声高に叫ばれてもいました。

勢いづくブラックパワーの存在を実感したものでした。果たしてそのわずか20年後の2009年。米国に初の黒人大統領が誕生したのです。B.オバマ氏の就任。

歴史というのは確実に動いているのだと、静かに思い知らされる昨日今日というものです。


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市役所に来訪したヤクルト小川康弘投手との会話

2013年12月09日 | Weblog

写真:「小川康弘投手」

ヤクルトの小川康弘投手が昨日(7日)に田原市役所を訪れました。ご存じライアン小川。田原市出身。ふるさと大使への就任での来訪です。
今春、ドラフト2位で入団。今季は26試合に登板し16勝4敗、防御率2.93。新人ながら最多勝と最多勝率(8割)の“2冠”に輝きました。しかも新人王にも選出されました。
市役所での私からの質問を受けての小川投手の話です。
Q 賞をたくさん取りましたが一番うれしい賞は何ですか。
A 新人賞ですね。一回のチャンスしかない中でのことですから。
Q ホームラン王のバレンティンとは「ヤス」とか呼ばれてるんですか。
A いえ、うーん、「ハーイ」ということが多いですね。あの人とは、あの人が打つと私が調子がいい、私が調子がいいとあの人が打つという関係にはありますね。
Q 年報は今度どのくらいアップすると思ってますか。
A うーん、新聞には4800万円などと出ていましたが、分かりません。阪神の藤波(晋太郎)は」4500万円でしたがそれより上になるのか下になるのか・・・。
一貫して背筋を伸ばしたままで、会話も一貫して冷静沈着。若干23歳ながら、すでに風格さえ漂わせていました。しかし市役所の彼の知人たちに言わせると「小学校の頃からあんな(冷静沈着)だった」とか。
それではいささか可愛げがないというものでしょうか(笑)。それにしてもまぎれもなく田原市の宝物です。


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佐々木信綱を案内した祖父の自慢の片浜十三里

2013年12月04日 | Weblog

写真:「片浜十三里」

初日の出ならず一昨日の12月1日に、伊良湖ビューホテルがそびえる小山(骨山)で太平洋(遠州灘)の向うから朝日の昇る広大な光景を堪能しました。写真をご覧ください。地元では片浜十三里と称されている景勝地です。

そういえば中学生の頃に、この片浜十三里に因むこんな話を父親から聞いたことがあります。

「昭和12年のこと。歌人佐々木信綱がここ伊良湖岬を訪ねてきたことがある。村長であったお祖父さんは『朝日の海に昇るのを見たい』との信綱の頼みに従い、早朝に彼を骨山に案内した」。

「そして広大な遠州灘の彼方から太陽の昇る光景に、『さしもの天下の大歌人も声を失い、何も言わずに長いこと海を見つめていたぞ』と、お祖父さんは久しくこの出来事を自慢していたものだ」。

いい話です。ふるさと伊良湖への祖父嶋津十文字の愛着と自信が滲む、私にとっては小さいながらも頗る大切にしたいエピソードです。


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