この7月、竹村健一さんが逝かれてしまいました。89歳。先生とのお付き合いは長く、そもそもは30年前に私の職場に掛かってきた一本の電話でした。
「嶋津さんの近著『どこで、どう暮らすか日本人』(TBSブリタニカ)で主張している<団塊の世代は殉死の世代になる>との表現、これは警鐘の言葉として鮮烈です。テレビで使わせてもらってもいいですか」。
団塊の世代の老後はコストがかかる。そのためやがて早期に死んでいくことが社会風潮として求められるようになるのではないか。この主張に竹村さんはいたく触発されたようです。以後、週刊ポストの「世相を斬る」での対談、文化放送での「世相ホットライン」でのトーク、テレ朝の「朝まで生テレビ」への出演などと私に声がかかるようになります。
その数年後に出版する拙著『どうなる日本、どうする分権』(ぎょうせい)には推薦文を寄せてくれました。お礼に私が帝国ホテルの竹村事務所に持参したのは真っ赤なバラの花束一つ。しかしそれを殊の外、喜んでくれたものです。
演出としての横柄なテレビの前での態度と違い、きめ細かい気配りを私には終始示してくれました。