嶋津隆文オフィシャルブログ

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夏の餓鬼亡霊を見せられた、自民党の問責便乗

2012年08月30日 | Weblog

写真:平安末期「餓鬼草紙」

いったい何をやったんだ。思わずそう叫んでしまいました。
昨日の野田総理に対する問責決議案に加わった自民党の体たらくです。

普天間問題で、何の思慮もなく軽い言葉を発し続け、沖縄を大混乱させた鳩山由紀夫。
中国にへつらい、尖閣に突っ込んできた酔っ払い船長を意味不明なまま送り届けた菅。
そうした中でやっと民主党にも人材がいたかと云う野田総理です。

敵味方から批判を受ける中、財政難回避のため粛々と消費税アップを成立させました。
軽々しい発言などもなく、韓国や中国にこびる態度もありません。いま、この総理を引きずり下ろすとの積極的な理由はないはずです。

にもかかわらず自民党は、生活第一などの提案にある、三党合意否定の文言まで受容し、問責に加担しました。これでは、よしんば政権を交代したところで、衆参のねじれ国会を運営していくことは出来ません。

ただただ「解散」が欲しいばかりのすり寄りは、物乞いの醜態の一語に尽きます。案の上、当の生活第一など野党各党からさえ、苦笑冷笑される体たらくです。

8月も最後になって、何ともおぞましい夏の餓鬼の亡霊を見てしまったものと、失望するばかりです。


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誰もが憤然とする竹島、尖閣、そして政局

2012年08月24日 | Weblog

写真:竹島 島根県広報誌「フォトしまね」

今年の夏の暑さには閉口するというものです。そんななかで昨日、セミナー等を定期的にもつ仲間たちとの小ぶりな納涼会がありました。皇居のそばのホテルでのことです。

この1、2週間は、韓国大統領の竹島上陸、天皇への非礼発言、そして香港活動家の尖閣へ不法上陸と続きました。それだけに話題の多くは自ずとこの辺りに向けられたと言ってよいようです。

海老沢勝二元NHK会長も、周辺国になめられている実態や政界の混迷さを挙げ、政治に人材がいないことを嘆かれました。特に小選挙区の導入が政治を不安定にし、このまま10年近くは混乱が続くことになる、早期に中選挙区制にすべきものと怒りをにじませ話されました。

遅れてきた鈴木久泰海上保安庁長官。いま全国でもっとも注目を浴びている人物と言ってよいでしょう。香港活動家の尖閣上陸の様子など、長官の一言一句に皆全身が耳になったのも当然でしょう。

「海上保安庁は予算の厳しいなか頑張っています。映画『海猿』をぜひ見て応援して下さい」。そう笑いながら締めくくり、皆の大きな拍手を受けながら職場に戻っていかれました。

竹島、尖閣、そして政局への怒り。それらを共有し、一服の清涼剤となった会でありました。しかし直後に首相親書が返送されたと聞き、夜の寝苦しさはまだまだ続いたものでした。


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「(天皇が)訪韓したいなら謝罪すればいい」

2012年08月18日 | Weblog

(写真 青瓦台、韓国大統領官邸)

こんな発言を本当に現職の韓国大統領が口にしたのか、日本人の誰もが耳を疑ったに違いないでしょう。「(天皇が)訪韓したいなら、独立運動をして亡くなられた方々のもとを訪ねて謝罪すればいい」。

この発言を聞いた際の不快さをどう表現してよいか分かりません。通りすがりの酔っ払いに、突然に嘔吐を浴びせられたようなおぞましさに、怒りで身ぶるいがするというものです。

天皇を侮辱し、日本の歴史と日本人の心を踏みにじる、品性や品格の一片もない発言です。場末の居酒屋でチンピラが吐くような暴言を、こともあろうに一国の元首が公の場で発言したのです。

何年か前、ソウルの青瓦台を訪れる機会を得ました。金泳三大統領への表敬訪問であり、面会は都知事と駐韓大使と随行の私の3人です。大統領は「過去のことに捉われず、日本と韓国は未来志向で参りましょう」と穏やかに語っていました。

国際儀礼とはこういうものです。この柔らかい表現でも、いやむしろ柔らかい表現であればこそ、不幸な過去の歴史と韓国の人々の思いが滲むと言うものです。

自分の人気取りのための前後見境のない言動で、将来の日韓関係を確実に窮地に追いやるであろう大統領を選んだ韓国。その不幸に同情を禁じ得ないというものです。


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NHK番組「証言記録 兵士たちの戦争」とドラマ

2012年08月12日 | Weblog

(写真:大和ミュージアムにて 本人撮影)

お盆の8月はテレビでも戦争の記録番組が多く放映されます。無意識にチャンネルを回していても、そうした画面に出くわすと目を離すことが出来なくなります。見過ごしては戦争に苦しんだ人々に申し訳がない。そんな思いが強烈に湧くのです。不思議な感情です。

記録番組の中での圧巻は、NHKが放映する「戦争証言 兵士たちの戦争」シリーズでしょうか。前線部隊を放棄する指令の非情さや、部下たちを殺してしまう作戦の無謀さを知る度に、人間や、日本人の持つ組織運営の脆弱さを思い知らされると言うものです。

昨夜はそのNHKで「巨大戦艦・大和 壮絶! 乗組員の証言」という2時間番組がありました。期待してチャンネルを回しました。しかし何とも興ざめてしまいました。

証言する将兵の一つひとつ噛みしめて吐く言葉は、どの登場人物のものも重く息が詰まりそうなものでした。他方で演じられた再現ドラマの薄っぺらさに凍ってしまったのです。演出の問題かもしれません。しかし作為は、強烈な真実の前では無残なほどに嘘っぽくなるというものです。

自分はいま、成田闘争と山本雄二郎先生の足跡を執筆しています。血の闘争と言われた成田の関係者のヒアリングの内容はどれも新鮮です。しかしそれを文章化しようとすると、明らかにリアリティが消えていきます。その事態に辟易している昨今です。このNHKのドラマ番組をば、表現するものの自戒の一つと考える次第です。


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「自分の身体はペットの熊に食べさせてほしい」との遺言

2012年08月07日 | Weblog

写真:「カトマンズで見たチベット仏教の儀式」本人撮影

お盆が近づいています。先般も故郷で義兄の初盆があり、いとこの中で次は誰が逝くだろう等と言った話しが、笑いながらも十分リアリティを持って話されていました。

それにしても昨今、散骨や樹木葬など葬送の自由が叫ばれています。「死」をば土に閉鎖するのでなく、海や山といった自然回帰のイメージで持たせることで、人々に大きな開放感を与えているようです。最近東京都が募集した小平霊園での樹木葬でも、おびただしい数の問合せがあったと聞きます。

しかし少し冷静になってみると、こうした墓や葬儀の自由を無限に受容してよいのか、疑問がわいてきます。実際、散骨を嫌がる観光地や樹木葬に違和感を持つ周辺住民も出て来ています。「自分の体はペットの熊に食べさせて欲しい」、「鳥葬にしたい」という遺言や相談も登場してきているともいわれます(碑文谷創「「お葬式」の学び方」)。

この3月に訪れたヒマラヤのネパールで、ヒンズー教徒の火葬を見、北部のチベット系の人たちの鳥葬の話を聴き、あるいは南部のインド系の人たちの水葬の存在を知りました。それぞれの地域の風習は十分尊重されるべきものでしょう。

しかし都会化された我が国にあって、死んでいく人間の自由奔放な意向を受容するあまり、残された公衆衛生上の問題や社会の死穢意識を軽視する風潮が拡大するとなれば、それはやはり危険というべきでしょう。

「自由」という明るい響きは、無防備に拡散していくものです。「葬送の自由」。ここにも戦後民主主義の、一つの弊害が生れようとしていると言ってよいかもしれません。


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山本繁太郎新知事も毛利の殿様に挨拶に行くのか?

2012年08月03日 | Weblog

写真:「山口県旧庁舎(大正5年)」本人撮影

山口県の知事選で友人の山本繁太郎が当選しました。25万票を取り、次点に7万票の差をつけての勝利です。流行の「反原発」だけを訴えて乗り込んだ「大阪維新」候補のポピュリズム喧伝を抑えての結果です。ホッとしたと言うものです。

それにしても山口の知事選と言えば、何年か前に訪れた地元でこんな話しを聴きました。
「山口の知事さんはね、選挙で当選するとまず一番初めに挨拶に行くのは、毛利の殿様なんですよ」。

えっ、まさかと、思わず口走ってしまいました。しかし回天維新の業を成し遂げた長州が、明治以降も毛利家を結集軸にしようと考えたとしても不思議はない。そこで私はすぐさま携帯をとり出し、鹿児島県庁の知事室に電話しました。

「長州では、いまだに知事に当選すると毛利の殿様に挨拶に行くと聞きますが、薩摩をもそうですか。鹿児島県知事は選挙後、まず最初に島津の殿様に挨拶に行くのですか?」

すると色をなしてこう返事が返ってきました。「えっ、長州ではそんなしきたりがあるんですか! ウチはやっていません、そんなことやってませんよ」。

同じ維新の立役者の薩長でも、どうやら違いがあるようです。長州人たちが毛利家に、純粋に尊敬心を持ち続けているのか、はたまたある種の政治的思惑で近づこうとしているのか、定かではありません。しかしどことなく長州の気質を感じる、楽しいエピソードといってよいようです。

そうすると就任した山本新知事も、今日あたり毛利の殿様のところへ行っているのでしょうか。近々、電話でもして、確かめてみたいものです(笑)。


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