カルロス・フエンテス、『誕生日』

 何これ凄い…としか出てこない。『誕生日』の感想を少しばかり。

 “すべての驚きを手にするというこのとんでもない特権の座を、いったいどこの誰に奪うことができようか?” 10頁

 凄まじい読み応えだった。こ、これは…と呻いてしばし、茫然と言葉を失くす。目まぐるしく移り変わる悪夢めいたイメージに、すっかり憑かれていた。禍々しく妖しい部分部分には強く引き寄せられ、全体像を求めるや否や押し戻され、その揺り返しの感覚の中で幾度も立ちすくむ。だから、この不可解な物語が、不意に目の前で裁ち落とされた気がして、自分が傾いだままだった…。

 老人が座っているむき出しの部屋、理解出来ない家もしくは町の形、六角形の中庭、偽物の空、レンガで出口をふさがれた迷宮…。ぐんにゃり捩れた時空間の混濁には翻弄されたし、まるで漏れだすように“わたし”の輪郭がゆるんでいく様にも酔わされた。“扉が扉でなくなるのは…” という謎かけにも戸惑いっぱなしで、それなのに、頁を繰る手だけは止まらない…。
 覚醒と殺害の記憶は何だったのだろう。老人と青年の顔を持つ“わたし”と、猫を連れた子ども、黒衣のヌンシアの関係は何だったのだろう…。誕生と死の螺旋のこと、シゲルスの末路の挿入、宗教批判、“人生で一番望んだもの”について…。あれもこれもと考えてみても、とりとめなく拡散するばかりだが、それでも思いは尽きない。

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