『カフカ・セレクション 異形/寓意』

 『カフカ・セレクション 異形/寓意』の感想を少しばかり。

 “われわれの歌姫は、名をヨゼフィーヌという。彼女が歌うのを聴いたことのない者には、その歌の力はわからない。” 90頁

 テーマ別に括られているところが、以前から気になっていたセレクション。未読の「歌姫ヨゼフィーヌ、あるいは鼠の族」を読みたくなったので、こちらから手に取った。“異形と寓意”となっているが、読んでいるうちに、テーマは動物だったっけ…という気がしてくる。
 たった3頁の「家父の心配」は、何度読んでもとても不思議で後を曳く話だなぁ…と感じ入る。「ジャッカルとアラビア人」や「あるアカデミーへの報告」も、好きな作品。縷々犬が語り続ける「いかに私の生活は変化したことか」は、音楽犬の件でくらっとして、空中犬に至ってはぐらぐらしたけれど、変梃りんで面白かった。

 そして「歌姫ヨゼフィーヌ、あるいは鼠の族」は、すこぶる面白く興味深い話だった。
 非音楽的な鼠族の共同体の中で、ただひとり、ちゅうちゅう鳴きを美しい歌にして芸術的な域にまで高められる存在、それが歌姫ヨゼフィーヌである。素晴らしい開花、積み重ねられる経歴…。では何故、本来音楽を解さない鼠族にあって、ヨゼフィーヌの才能だけが傑出し、この一族を心服させることが出来たのか…というところに、大いなる皮肉、からくりが潜んでいる。何となれば彼ら鼠族は、無条件の心服というものをほとんど知らない。何にもましてずる賢く、底抜けに意地悪なのだから。
 ヨゼフィーヌと鼠の族と、その関係性の裏表。両者の拮抗が緻密に描かれていて、圧倒された。

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