松浦理英子さん、『奇貨』

 『奇貨』の感想を少しばかり。

 “私の性癖を鮮やかに解析したのが七島である。” 23頁

 とても素晴らしかった。冒頭から見事に引きこまれ、巻きこまれた。隅々までぴりっと張り詰めていて、それでいて滑稽だったりほろ苦かったりする読み心地は、心憎いものだ。
 この主人公の男は一体どうしたものか…と、読んでいるこっちまで途方に暮れそうになるが、それもまた堪らない。ぶっ飛んでいる、ということとは微妙に違う、あまり馴染みない思念が渦巻いているのを読むのは面白かった。そしてそこに、少しずついじらしさの混ざってくる具合が何とも言えない。可哀想に…と思わせる匙加減が絶妙だった。
 
 語り手でもある作家の本田は、年の離れた10年来の友人でレズビアンの七島と、今は一緒に暮らしている。短命に終わるかと思った同居は、かれこれ3年続いていた…。性的偏りが風変わりなだけで(受け、ということだが)、こんなにパートナーに不自由するものか…と思いつつ、でもそれ以前に同性とは友達にもなれないとか、恋人とも女同士のように付き合いたいとか、そんな自分を観察して私小説を書いている…とか、本田の人物造形は周到に面白過ぎる。
 一方、シェアメイトの七島もすごくいい。観察眼が鋭くて恋人が出来難く、恋愛関係の恨みにまみれていても、常に誇り高く雄々しい七島。そんな彼女を陰から讃えていた本田が、性を含まない強い愛着を抱くようになっていく過程に読み応えがある。気持ち悪くてみっともなくて、本田さんよかったじゃん…とちょっと思った。


 「変態月」も凄くよかった。女子高生二人が自転車で連れだって、13歳の後輩の告別式へと向かう場面から物語は始まる。小学校を卒業するまで少しく親しかったその少女は、S川の土手で殺されていたのだ。そして犯人が思いがけない人物だったことから、事件の波紋も意外な方へと広がっていくことに…。
 同じバレー部で仲の良い、順子と鏡子。どこかで踏みとどまろうとする彼女たちのゆらぎに、胸が甘苦しく疼いた。

コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )