恩田陸さん、『木洩れ日に泳ぐ魚』

 装幀が気に入りました。恩田さんらしい題名もいいです。
 『木洩れ日に泳ぐ魚』、恩田陸を読みました。

 “本当の僕は、罪悪感も自己嫌悪も感じていない。” 163頁 

 これは一組の男女の別れの話。そしてそれは、たった一夜の話だ。主な登場人物もたったの二人ならば、回想部分を含めても絡んでくる人物もごく僅かで。物語はその二人の、入れ替わりの一人称によって語られていく。朝が来たならば明け渡すばかりとなった、空っぽのアパートの一室で。 
 互いの真意をさぐり合いながら、水面下での心理的かけひきを繰り広げながら、どうやら何か…過去に起こったらしい事件のまわりをぐるぐると、遠回りの範囲を少しずつ狭めつつ対峙する二人。して、この二人の関係は…? 

 この二人の関係は、始めの印象通りのものなのか? 過去に起こった事件とはいったい何なのか? なぜそれが二人の上にそんなにも重くのしかかっているのか?
 出し惜しむように情報が小出しにされる度に、それがまた新たな謎に繋がり、二人の微妙な関係もその都度に変容してますます緊張感はいや増す。始めから纏わり付いてきた不穏な気配が、煽る抒情と心理戦で濃度を高めていく。そして暴かれるのは、人の記憶の曖昧さと不思議な作用…。 
 雑誌で連載された作品ですが、各章毎の引きが巧妙すぎて、連載時に読んでいたら毎回の引きで頭の中に“?”と“!”が溢れかえってのた打ち回ることになりそうです。 

 “自己嫌悪が単なるアリバイ作り”…とかも、やっぱり凄い。登場人物の造形に容赦がないというか、深くて怖いです。 
 人の心は、一筋縄でも二筋縄でもいかないほどに複雑で、本当はねじれたり断裂したりしているけれど、その様をここまでリアルに描いてしまうところに私は舌を巻きます。ぎゅるぎゅる。
 そして、どんな場所に着地するのか全然見当も付かなくて、不安が拭えずはらはらと読み進みましたが、私としてはあの着地はいいなぁ…と思いました。人それぞれ受け止め方は違いそうです。
 (2007.7.26)

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