計算気象予報士の「知のテーパ」

旧名の「こんなの解けるかーっ!?」から改名しました。

山越え気流の解析モデル

2011年05月01日 | 計算・局地気象分野
 いよいよ5月に入りました。学会発表も間近に迫ってきています。今回は「新潟県内における冬の季節風と陸風によるシアーライン発生の数値実験」と題して、また新しい数値シミュレーションを試みました。数値実験を色々と試行する事で、想定した条件に対する局地気象のレスポンスを探ってみました・・・。そんなわけで、もう一度、基本的な知識をおさらいしてみようと思います。


 さて、日本の国土の多くは急峻な山岳地形ですので、局地気象の基本として山岳地形の影響を考える必要があります。この出発点となるのが山岳地形を乗り越える気流の解析(山越え気流)です。山越え気流の問題は局地気象の古典的な問題として多くの研究者によって解析が行われてきました。

 まずは、山越え気流の中でも良く知られているフェーン現象を例に挙げてみましょう。一般にフェーン現象は、山を乗り越えて吹き降りる風が高温になる現象ですが、大きく分けると次の二種類があります。一つ目は様々な気象の記事や教科書等で目にする湿ったフェーン(熱力学的フェーン/ウェットフェーン)であり、もう一つは相変化を伴わない乾いたフェーン(力学的フェーン/ドライフェーン)です。


図1.二種類のフェーン現象


 飽和した空気の高度に伴う気温変化率(dT/dz)は約0.5℃/100mですが、乾燥した空気の気温変化率(dT/dz)は約1.0℃/100m(乾燥断熱減率)となります。湿ったフェーンは、山を乗り越える際はdT/dz≒0.5℃/100m(湿潤断熱減率)の割合で降温する傍ら、山頂付近で水分が凝結→降水を経て空気の外に出て行くために空気自身は乾燥し、山の斜面を吹き降りる際にはdT/dz≒1.0℃/100mで昇温していきます。

 一方、乾いたフェーンは、山頂付近を流れる風が、山頂を越えた後に力学的な要因により急降下する事に伴い、断熱圧縮されるために昇温するものです。実際には乾いたフェーンと湿ったフェーンの発生ウェイトは、最新の研究報告によると「乾いたフェーンが80.8%、湿ったフェーンが19.2%」と言われています(※2021年11月24日・追記)。乾いたフェーンのように、山頂付近の流れが急降下して風下側の麓に強風として吹き降りる現象をおろしとも言います。



図2.山越え気流のモデル化 (定常流れの理論に基づく)


 図2にはこのメカニズムの解析モデルを示しました。ある高さH0[m]における等圧面を点線で表し、これを自由表面と呼びましょう。地表面付近の大気(上空数km程度←山岳標高の2倍程度を目安)を、自由表面を境に上下2つの層に分ける二層構造で考えます。そして、下側の層の温位(ポテンシャル温度)をθ0[K]、上側の層の温位を少し高めのθ0+Δθ[K]であるとしましょう。この温位(ポテンシャル温度)とは温度に替わるパラメータです。また、左側から速度u0[m/s]の風が流入するものと考えましょう。そうすると、次に示すフルード数Frの大小によって山を乗り越える流れの様子が大きく変化します。フルード数の定義には、流入速度u0の大小が反映されているため、u0が大きいほど(Frが大きいほど)流れは山を乗り越えやすく、風下でのおろしが発生しやすいのです。

Fr = u0 / { g (Δθ / θ0 ) H0 } 0.5



図3.山越え気流の数値シミュレーション


 図3には、山越え気流の数値シミュレーションの解析例を掲載しました。初期状態として、図2のような大気の二層構造を考え、自由表面は水平であるものと仮定しました。境界条件としては、左端面から右方へ向かう一様な水平流u0が安定して流入し、右端面から流出していくものとします。そして、この流路の途中に山岳地形を模して三角形の山を置くものとします。この時、流れが山を乗り越える際の流れの特性の違いを見てみましょう。

 上の低フルード数では自由表面は山頂付近で凹状に僅かに陥没しましたが、ほぼ初期状態(=水平状態)を維持しています。山頂付近で風速が一時的に強化された後も、そのまま水平な流れを維持しながら減速傾向にあるといえます。一方、下の高フルード数の場合では、自由表面は波状にうねり、風下側の麓に向かって風が強く吹き降りる様子が解析されおり、図2の特性が再現されているのが判ります。

 このような山越え気流のシミュレーションは、多くの研究者によって既に解析されております。それは換言すると、シンプルでありながら実に奥が深い、という事の現れでもあるように感じます。この解析モデルの考え方を応用して、実際の詳細な地形条件を考慮した三次元の熱流体解析を行った事例を次の紹介しましょう。


図4.冬型の気圧配置となる条件下での山形県置賜地方におけるフルード数と局地風の関係

 まずは冬型の気圧配置となる条件下での山形県置賜地方におけるフルード数と局地風の関係を解析です。局地風は、フルード数が低い場合は季節風とは異なり南よりの風向が卓越する一方、フルード数が高い場合は季節風に沿って西よりの風向が卓越する特性が解析されました。


図5.新潟県上越地方のドライフェーンに伴う高温域

 続いて、新潟県上越地方のドライフェーンに伴う高温域の再現実験です。局地風系と気温の特徴(高温域の発生)は、数値モデルの単純さにも関わらず良く再現されましたが、高温域の気温が実際のケースよりも若干高めに計算される等の誤差も見受けられました。

 このように、二層構造による山越え気流の解析モデルはシンプルな構造でありながら、幅広く応用が効くのです。但し、フルード数やそれに関わる各種のパラメータの決め方で、毎回悩むんですよね・・・。

(p.s.)
さらに詳しいシミュレーションを「山越え気流の2次元解析」に掲載しています。

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10 コメント

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そうだったんだー (ひでぼ)
2013-11-24 05:42:51
おろし風とか山越え気流とか全然意味がわかりませんでした。以前の気象予報士試験の「上空の強風が山岳の風下側へ吹き降ろしたために奈義で強風が観測された」というのも、なぜそうなるのか意味がわかりませんでした。
どんな気象予報士試験の参考書を見ても、こんなふうに説明はしていないですもんね。目からウロコです。
飛行機の翼が上に引っ張られるのと似てますね。
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ありがとうございます (qq_otenki_s)
2013-11-24 09:44:15
ひでぼさん、コメントありがとうございます。
図2のような解析モデルについては、私も気象予報士試験の解説書で言及されているのを見たことはありません。
大抵は、気象学の専門書で解説されています。また、古典的な山越え気流の理論解析の論文で、用いられています。
局地気象のメカニズムを理解し、理論的にアプローチしていくためには、このモデルの考え方が(単純であり)とても分かりやすいと思います。
私も思想のベースとして重宝しています。
返信する
質問です ()
2014-04-29 17:35:17
昔の記事に対してのコメントで恐縮ですが、一つ教えていただけないでしょうか。
図3の山越え気流の数値シミュレーションでありますように、山越え気流が発生する際は境界層が下がっていますが、これはなぜなのでしょうか…。
イマイチ理解が出来なかったので教えて頂けると幸いです。よろしくお願いします。
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取り急ぎ・・・ (qq_otenki_s)
2014-04-29 22:08:32
(1)連続の式の考え方

 イメージとしては「連続の式」がわかりやすいかも知れません。この流れに対して垂直な断面を考えてみましょう。

 流れが通過する流路(断面)の横幅をW、地表側の層の厚さ(=境界層の高さ)をHとします。

このとき
 ρ:密度
 A:断面積(A=W×H)
 V:流速
とすると・・・単位時間当たりの流量「ρAV」が保存される、つまり

ρAV=一定

というのが「連続の式」です。

ここで、A=W×HなのでρWHV=C(一定)と書き表すことが出来ます。

これを変形すると

H=C/ρWV

となるので、HはVに反比例の関係です。つまり、流速が増せばますほど、Hは小さくなります。

※厳密には、上記の数式は定常流・完全流体の場合なので、適用範囲には注意が必要です。

(2)補償流の考え方

 下層での流速が強化されると、その領域の空気の移動が速まります。ある瞬間に存在していた空気が、次の瞬間には存在しなくなるので、その分を周囲から持ってきて「穴埋め」をする(補償する)必要があります。

 風上側からの流入で穴埋めするのも一つの方法ですが、上空の空気を下側に引き込んで穴埋めに充てることも行われます。これに伴って、上空にある逆転層もより下層に引き込まれます。

 例えば「だるま落とし」のイメージで、下層の空気がポーンと抜けると、それより上の空気がズズズッと下がってくるような感じかも知れません。

 この背後には、下層の流れが速くなると、上空と下層の圧力(気圧)のバランスをとる影響も考えられますね。
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なるほど! ()
2014-05-02 15:35:40
ご返答ありがとうございます。
数式と言葉でのご説明のおかげで非常に分かりやすく、しっかりと理解することが出来ました。
ありがとうございます!
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お役に立てたようで何よりです。 (qq_otenki_s)
2014-05-03 13:38:56
コメントを頂き、ありがとうございます。
思いつくままに解説を書きましたが、御理解の助けとなることが出来たようで、良かったです。
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Fr数と山越え流れの剥離について (Spie)
2014-09-29 09:25:03
随分前の記事へのコメントですみませんが、お考えがあればご教示下さい。
山越え流れが山頂下流で剥離するか、付着するかのパラメータについて、力学的もしくは熱学的に体系立った考え方はあるのでしょうか?
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剥離流に関しては「バックステップ流れ」が参考になるかもしれません。 (qq_otenki_s)
2014-09-29 22:19:17
 お便りありがとうございます。
 直接、文献や参考書などで「山越え気流で剥離するか否か」の解説に出会ったことはありません。

 ただ、「山越え気流」ではありませんが、剥離流という事であれば、「バックステップ流れ」が近いかもしれません。

 この場合、風上側から山頂までの斜面を昇るプロセスは考慮されませんが、山頂から風下側に流れ下るプロセスを「下り斜面」ではなく、「断崖絶壁」の頂上から吹き出すような形に単純化されます。

 尚、バックステップ流れに関する知見から、流れが早ければ(レイノルズ数が大きければ)剥離は顕著になり、流れが遅ければ(レイノルズ数が小さければ)剥離は弱くなる事が知られています。

 御参考までに、これまでの数値実験の経験や上記のバックステップ流れの知見から、山に向かう接近流が速くなるほど(山頂付近を流れる流速が大きくなるほど)、風下側での剥離が起こりやすくなると考えます。

 ちなみに、接近流が速くなるということは、Fr数は大きくなることに相当します。

 取り急ぎ、何らかのお役に立てれば幸いです。
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探してみます (Spie)
2014-09-30 07:57:40
早速の回答、ありがとうございました。
「バックステップ流れ」で色々探してみます。

ちなみに、私は、ハンググライダーをやってまして、Blog内図3の下図のような流れをイメージして飛ぶことが稀に有ります。
安定層が山頂より幾分上にある条件で、山岳下流側の波の上昇風帯を利用して滞空するわけです。
ただ、波はなかなか目に見えないもので、予測の当たり外れが大きかったりします。
このため、予測精度を上げるには、剥離流れについて理解を深める必要があると考え方ていたとこで、このBlogを目にし、何か体系だった考え方はないかと質問させてもらいました。
このBlogは、珍しくも(笑)、局地予報についての計算やその解説を分かりやすく説明してくれていますね。
楽しく読まさせて貰ってます。
今後も面白い記事、期待してます。
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「山岳波」も参考になるかもしれません。 (qq_otenki_s)
2014-09-30 14:44:14
お返事を頂きありがとうございます。
頂きましたお話を考慮しますと、山岳下流側に生じる波との事ですので「山岳波」でお調べ頂くと、参考になるかもしれません。
今後とも宜しくお願いします
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