山本飛鳥の“頑張れコリドラス!”

とりあえず、いろんなことにチャレンジしたいと思います。

「江利子と絶対」(本谷有希子)

2013-05-09 21:34:24 | 読書
「江利子と絶対」という講談社文庫が家にあったので読んだ。
いつだったか自分で買ったものだが、すっかり忘れていた。おそらく、若い作家のものもたまには読んでみようと思って、本屋でみつけたものだったと思う。
この文庫本には「江利子と絶対」「生垣の女」「暗狩」の3作品が載っていた。つい最近、読み始めたところ、最初の作品を以前に読んだ記憶が戻ってきた。ひきこもりの江利子が「絶対」と名付けて飼っている犬は、人に虐待されて、縛られていた肉が、ボンレスハムのようになっているという部分で思い出した。社会の中で虐げられている人と虐待される動物の組み合わせ。なんともどうしようも無い気分になった。弱いもの、無能なものを傷つける強者のやりとりは本当に嫌な気分になる。
なんとなくそんなところで、読むのが止まったまま忘れていたのだろう。

次の作品もちょっと似たようなところがあった。まるで世の中から、無価値とされているような醜く無能な男女。そのうちの男の飼う猫を女が電子レンジにかけるシーンは、もう読みたくなかった。そのまま、この本をゴミ箱に捨ててしまおうと思った。

なんでそこまでするのか、書くのか?読者は、物語の中に救いが残ることを期待している。すんでのところで助かったりするのではないか、心を入れ替えたりするのではないかと望むが、この作品ではあっけなくそんな期待は裏切られるのだ。姿が醜ければ心がきれいかと思えば、そんなこともない。それが現実か。しかし、なんと不快な小説なのだろう。

絵画でも同じだ。昔はきれいな景色を描き、それを見て心を癒したものだが、最近ではあえて気味の悪い絵を描いたり、目をそむけたくなる事実を描いたりする。事実以上に残酷に描いたりもする。文学も、絵画のシュールレアリスムみたいなものかな?

この醜さと、この残酷さは、“あえて”そうなんだ、と思いなおし、最後まで読むことにした。

3つ目の作品も同じような短編かと思っていたら、意外に長かった。そして、これはすごかった。この作品も、一般通常範囲から外れたどうしようもない底辺の人間たちが描かれていた。そして、物語は息をつく暇もないくらい恐ろしかった。そしてまた、多くの期待が裏切られた。
だが、結末がすごかったし、心に残るものがあった。
これはすごい。
この本を捨てないで最後まで読んでよかった。

「暗狩」 ・・・全く衝撃の作品だった。



コメント    この記事についてブログを書く
« 母の日のプレゼント | トップ | 田舎はクラウンが多い? »

コメントを投稿

読書」カテゴリの最新記事